大田黒元雄

大田黒元雄：日本の音楽評論の先駆者

大田黒元雄（おおたぐろ もとお、1893年1月11日 - 1979年1月23日）は、日本の音楽評論家であり、その草分け的存在として知られています。裕福な家庭環境に育ち、音楽への深い愛情と幅広い知識を持ち、評論活動のほか、文筆家、趣味人としても多彩な才能を発揮しました。

生い立ちと恵まれた環境

1893年（明治26年）1月11日、東京府（現・東京都）に生まれた大田黒元雄は、父・重五郎が水力発電の先駆者であり、芝浦製作所（現・東芝）の経営再建に貢献したという裕福な家庭に育ちました。父・重五郎は、元々幕府の御家人出身で小牧を本姓としていましたが、熊本藩出身の大田黒惟信の次女・らくと結婚し、大田黒姓を名乗るようになりました。元雄は長男で一人っ子であり、父・重五郎は幼少期の元雄について、「一度も頭を叩かずに済んだ」と語っており、家庭環境が非常に良好であったことが伺えます。

音楽への目覚めと海外での経験

大田黒元雄は、旧制神奈川県立第二中学校（現神奈川県立小田原高等学校）を卒業後、東京音楽学校の教師からピアノを学びました。1912年（明治45年）にはイギリスへ渡り、ロンドン大学で経済学を学ぶ傍ら、積極的に音楽会や劇場へ足を運び、本場の芸術に触れました。この海外での経験は、彼の音楽観を形成する上で非常に重要な役割を果たしました。また、この留学中に集めた楽譜や資料、演奏会の情報は、後の日本での音楽活動に大きな影響を与えました。ガブリエル・フォーレの演奏を聴いたことも、彼にとって貴重な経験となりました。

評論活動と「音楽と文学社」

帰国後、大田黒元雄は1915年（大正4年）に『バッハよりシェーンベルヒ』を出版し、日本で知られていなかった多くの作曲家を紹介しました。この本は、その内容の質と量において当時としては画期的なものであり、大田黒の名前を一躍有名にしました。また、1916年（大正5年）からは、堀内敬三や小林愛雄、野村光一らと共に同人誌『音楽と文学』を刊行し、「音楽と文学社」を設立しました。彼は同誌の中心人物として活躍し、自邸で音楽の集いを開催し、当時最先端であった近代音楽を紹介しました。1918年（大正7年）には、声楽家の広田ちづえと結婚しています。また、同年来日したセルゲイ・プロコフィエフを厚くもてなしました。

多彩な活動と晩年

大田黒元雄は、評論活動だけでなく、父親の仕事の関係で複数の企業の役員を務めるなど、多岐にわたる活動を展開しました。第二次世界大戦後は、NHKのラジオ番組『話の泉』のレギュラー出演者として人気を博しました。生涯で出版した著書は76冊、訳書は32冊にのぼり、その内容は音楽評論にとどまらず、野球や相撲、推理小説、食道楽など幅広いジャンルに及びました。1964年（昭和39年）には紫綬褒章、1967年（昭和42年）には勲三等瑞宝章を受章、晩年の1977年（昭和52年）には文化功労者に選ばれました。1979年（昭和54年）1月23日に86歳で亡くなり、その功績を称えられ、銀杯三号が贈られ、従四位に叙されました。

大田黒公園と遺産

大田黒元雄が1933年（昭和8年）から生涯を過ごした杉並区荻窪の自邸跡地は、現在「大田黒公園」として公開されています。公園内には、彼の仕事場だった建物が「記念館」として保存されており、その生涯と業績を偲ぶことができます。彼の墓は、東京都豊島区駒込の染井霊園にあります。

大田黒元雄は、その豊かな知識と教養、そして何よりも音楽への深い愛情をもって、日本の音楽文化の発展に大きく貢献しました。彼の残した業績は、今日においても多くの人々に影響を与え続けています。

主な著書と訳書

著書

『バッハよりシェーンベルヒ』（1915年）
『近代音楽精髄』（1916年）
『歌劇大観』（1917年）
『洋楽夜話』（1917年）
『露西亜舞踊』（1917年）
『続洋楽夜話』（1917年）
『続バッハよりシェーンベルヒ』（1918年）
『音楽日記抄』（1919年）
『第二音楽日記抄』（1920年）
『第三音楽日記抄』（1921年）
『ドビュツシイ』（1932年）
『音楽万華鏡』（1933年）
『奇妙な存在』（1933年）
『随筆集 気楽な散歩』（1934年）
『休日の書』（1937年）
『音楽そのほか』（1940年）
『音楽の窓』（1950年）
『ドビュツシイ評伝』（1951年）
『おしゃれ紳士』（1958年）
『歌劇大事典』（1962年）
『はいから紳士譚』（1970年）

訳書

『水の上の音楽（第一訳著集）』（1919年）
『微笑と嘲笑（第二訳著集）』（1919年）
『ペトルーシュカ（第三訳著集）』（1920年）
アダム・カアス『管絃楽及び管絃楽法の歴史的研究』（1925年）
シリル・スコット『音楽に関連せる近代主義の哲学』（1926年）
ロマン・ロオラン『近世音楽の黎明』（1926年）
ロマン・ロオラン『過ぎし日の音楽家』（1928年）
ジャン・コクトオ『雄鳥とアルルカン』（1928年）
セシル・グレイ『音楽芸術史』（1930年）
ロマン・ロオラン『今日の音楽家』（1930年）
セシル・グレイ『現代音楽概観』（1930年）
パウル・ベッカア『ベートーヴェン（ベエトォヴェン）』（1931年）
ドビユツシイ『ムッシュ・クロッシュ・アンティディレッタント ドビユツシイ音楽評論集』（1931年）
アンドレ・ピロ『バッハ』（1931年）
ミシェル・ブルネ『ハイドン』（1932年）
シュウリッヒ『モオツアルト』（1933年）
ストラヴィンスキー『ストラヴィンスキイ自伝』（1936年）
カルヴォコレシ『近代音楽回想録』（1938年）
ジョオジ・ダイスン『音楽文化史』（1938年）
マアドック『ショパン評伝』（1939年）
セシル・グレイ『音楽の現在及び将来』（1942年）

もう一度検索