大陸倭語

大陸倭語とは

大陸倭語（たいりくわご）は、かつて朝鮮半島の中央部から南部にかけて存在したとされる、日琉語族に属する絶滅した言語（群）です。日琉語族は、弥生文化とともに日本列島に伝わったという説が有力です。一部の研究者は、『三国史記』などの古代文献に記された地名が、日琉語と関連性があるとし、朝鮮半島において日琉語に系統的に関連する言語が数世紀にわたり話されていた可能性を示唆しています。しかし、この説は全ての研究者に受け入れられているわけではありません。

『三国史記』に見る地名の訓釈

『三国史記』は、668年までの三国時代を記した歴史書であり、古典漢語で記述されています。特に37巻には、新羅に征服された高句麗などの地名とその意味が記載されています。これらの記述は、1907年に内藤湖南によって初めて研究され、1960年代には李基文によって詳細な分析が行われました。

例えば、「買忽一云水城」という記述は、現在の水原市に関するものです。これは「買忽は、別の文献では水城という」という意味ですが、「買忽」は音を、「水城」は意味を表す文字として使われたと考えられています。ここから、「買」と「忽」は、それぞれ「水」と「城」を意味する現地の言葉の発音を表していると推測されています。このような分析から、80から100語程度の語彙が抽出されました。「買」や「忽」のような文字は、中古中国語の方言に基づいて音写されたと考えられますが、具体的な発音については研究者の間で意見が分かれています。中古音や15世紀の中期朝鮮語の漢字音を基に推定が試みられています。

他の言語との比較

抽出された語彙の中には、朝鮮語やツングース語に似たものもありますが、一部は日琉語に類似しています。ホイットマンは、これらの類似性が、かつて朝鮮半島に存在した日琉語と近縁な言語の証拠であると主張しています。

高句麗語との関連

初期の研究者は、これらの地名が高句麗の領土に分布していることから、高句麗語の痕跡であると推測しました。李基文とサミュエル・ラムジーは、漢字の二重使用は、漢字の受容が早かった高句麗の記録者によって行われたと仮説を立てています。彼らは高句麗語が、日本語、朝鮮語、ツングース諸語の間に位置する言語だと主張しました。

クリストファー・ベックウィズは、これらの単語のほとんどが日琉語と同根であるとし、高句麗語が日琉語族の一部であったと提唱しました。彼は、この語族が紀元前4世紀に遼寧省西部に存在し、複数のグループに分かれて、朝鮮半島南部、九州、満州東部、朝鮮半島北部、そして琉球諸島に移動したとしました。しかし、この説は、中古音の再構や他の言語との比較において批判を受けています。

その他の説

他の研究者は、日琉語と同根とされる地名が、高句麗の原郷とされる大同江の北に分布していないことや、地域の碑文に日琉語の形態素が見られないことを指摘しています。彼らは、『三国史記』に訓釈がある地名が朝鮮半島中部のものであり、高句麗が5世紀に奪った地域の言語に由来すると主張しています。また、百済が日琉語族と二重言語を使用していたとする説や、これらの地名が庶民の言語を反映しているとする説もあります。

その他の証拠

伽耶諸国の記録された唯一の単語が日琉語であるとする説や、古代中国・韓国の文書に登場する韓国南部の単語や地名に日琉語の語源を求める研究もあります。

百済

『三国史記』に記載された地名の訓釈は、百済の初期の言語を反映している可能性があります。『梁書』には、百済語の単語が記録されており、そのうち二つは日本語との比較が可能です。

固麻 (kuHmæ)「治城（統治拠点）」: 上代日本語 ko2me2-「中に入れる」
檐魯 (yemluX)「邑（集落）」: 上代日本語 ya「家」，maro2「丸」

新羅

新羅とその前身である辰韓の単語も記録されており、その一部は日琉語の形態と一致しています。

mura〈牟羅〉「村」: 上代日本語 mura「村」

『三国史記』には、新羅の旧地名と、8世紀に割り当てられた朝鮮漢字音の名前が記載されており、改称前の地名の一部は朝鮮語では説明できないものの、日琉語族であれば説明可能とされています。例として、上代日本語の mi2ti「道」に似た miti〈彌知〉などがあります。

伽耶

伽耶諸国は日本と貿易関係があり、三国史記に記載された一つの単語が日本語と比較されています。

「梁」を*twolと訓読した場合、上代日本語のto2「門」と比較される。

耽羅

済州島の古名である耽羅（Tanmura または Tammura）、𨈭(身偏に「冉」)牟羅は、日本語の「谷の集落」を意味するtani muraや「人々の集落」を意味するtami muraが語源ではないかという説があります。また、済州島の柑山（감산）の古名である「神山」の「神」は、上代日本語のkami2「神」と同族の単語である可能性も指摘されています。

まとめ

大陸倭語は、朝鮮半島に存在した可能性のある日琉語族の言語であり、その存在は古代文献の地名や語彙の分析によって示唆されています。しかし、その詳細についてはまだ解明されていない部分が多く、研究者の間で様々な議論が続いています。今後の研究によって、大陸倭語の実態がより明確になることが期待されます。

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