大鮫魚

始皇帝と伝説の巨大魚・大鮫魚：不老不死への夢と悲劇の物語

古代中国、秦の始皇帝と関わりの深い伝説上の巨大魚「大鮫魚」。その存在は、不老不死の薬を求めた始皇帝の壮大な夢と、悲劇的な最期を象徴する物語として、古来より語り継がれてきました。本稿では、『史記』、『今昔物語集』、『太平記』といった歴史書や物語集を紐解き、大鮫魚に関する様々な伝承を詳細に見ていきます。

史記における大鮫魚

最も古い記録は、司馬遷の『史記』秦始皇本紀に見られます。始皇帝37年（紀元前210年）、不老不死の薬を求め蓬莱へ赴いた徐福（または徐巿）は、その道を阻む巨大な魚「大鮫魚」の存在を皇帝に訴えます。徐福の報告を受け、始皇帝は自ら連弩を持って海に乗り出し、之罘（しのぶ）にて大鮫魚を発見、射殺したと記されています。この出来事の後、始皇帝は病に倒れ、崩御しました。史記における大鮫魚は、始皇帝の死を暗示する存在として描かれていると言えるでしょう。始皇帝の夢に現れた海神と、大鮫魚が占夢によって関連付けられている点も興味深いです。

今昔物語集と太平記における高大魚、鮫大魚

平安時代の『今昔物語集』では、大鮫魚は「高大魚」として登場します。始皇帝の愛馬を喰らう夢を見た皇帝は、高大魚を討伐するよう命じますが、その巨大さゆえに容易には討伐できませんでした。その後、蓬莱への航海を阻む存在としても描かれ、最終的に始皇帝自らが討伐し、帰還後に病没するという展開になっています。『今昔物語集』では、大鮫魚は始皇帝の死を招いた原因の一つとして、より直接的に描かれている点が特徴的です。

室町時代の『太平記』では「鮫大魚」と表記され、その大きさは500丈（約1500メートル）にも及ぶとされています。徐福と文政という道士が、竜神の祟りによって蓬莱への航海が妨げられていると主張したことをきっかけに、始皇帝は巨大な船団を率いて海に乗り出します。之罘の大河で遭遇した鮫大魚は、獅子のような頭と竜のような体躯を持つ恐ろしい姿で描かれ、数百万の矢によって倒されます。この後、始皇帝は竜神と戦う夢を見て病に倒れ、崩御しました。『太平記』における鮫大魚は、竜神と同一視されるかのような描写となっており、より神格化された存在として描かれている点が特徴的です。

大鮫魚：様々な解釈と象徴

これらの文献から見ていくと、大鮫魚は単なる巨大な魚ではなく、始皇帝の死に関わる重要な象徴として捉えられていたことが分かります。それは、自然の脅威、あるいは皇帝の権力すらも凌駕する存在として、あるいは、不老不死という人間の欲望に対する皮肉として解釈することもできるでしょう。また、それぞれの文献によってその大きさや形、そして始皇帝との関わり方が異なっていることも注目すべき点です。それぞれの時代、それぞれの文脈において、大鮫魚は異なる意味や象徴性を帯びていたと考えられます。

まとめ

大鮫魚は、史記、今昔物語集、太平記など様々な文献に登場する伝説上の巨大魚です。その異名である高大魚、鮫大魚からも、時代や伝承によってその姿や意味合いが変化してきたことがわかります。始皇帝の死と深く結びついたこの伝説は、古代中国における自然崇拝や、不老不死への強い願望、そして権力の限界といった様々なテーマを象徴的に物語っていると言えるでしょう。これらの文献を通して、大鮫魚という存在が持つ多様な解釈と魅力を再考することで、古代中国人の世界観の一端に触れることができるでしょう。

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