天人峡温泉

大雪山国立公園の西麓、北海道上川郡東川町に位置する天人峡温泉は、忠別川沿いの柱状節理が織りなす深い渓谷の底、標高約600メートルに湧出する温泉地です。

かつては旭川市の奥座敷として多くの湯治客や観光客で賑わい、大雪山国立公園への登山の拠点としても重要な役割を果たしていました。しかし近年は主要な宿泊施設の閉館が相次ぎ、温泉地としての規模は大幅に縮小し、往時の活気は失われつつあります。

泉質と湯色

天人峡温泉の泉質は多岐にわたり、ナトリウム・カルシウム・マグネシウムを含む硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉（中性低張性高温泉）などが湧出しています。旧泉質名では含土類・食塩 - 硝芒塩などと呼ばれていました。源泉温度は47度から50度と比較的高い高温泉であり、湯色は特徴的な黄褐色を呈します。

温泉地の現状と施設

2024年現在、天人峡地区で宿泊および日帰り入浴を受け入れている温泉施設は「御やどしきしま荘」ただ一軒のみとなっています。

過去には、「天人峡グランドホテル」（2011年閉館）や「天人峡パークホテル」（2014年1月閉館）といった大型旅館も存在し、温泉街としての体裁を保っていました。特に明治33年（1900年）創業で最も長い歴史を持っていた「天人閣」は、2018年に事業譲渡された後、施設修理を理由に休業に入りましたが、再開には至りませんでした。最終的には、天人峡グランドホテルの跡地と共に、2023年1月に自治体の方針により解体・撤去されることが決定され、同年7月には裁判所から所有者に対する建物撤去と土地明け渡し命令が出されています。

周辺の見どころ

温泉街の周辺には、豊かな自然景観が広がっています。日本の滝百選の一つに選ばれた「羽衣の滝」は、落差270メートルにも及ぶ壮大な滝で、温泉地から遊歩道が整備されており、気軽に散策を楽しむことができます。羽衣の滝のさらに奥には、その幅広さから「東洋のナイアガラ」とも称される「敷島の滝」があります。

沢登りの愛好家たちの間では、「日本で最も美しい沢」と称されるクヮウンナイ川も、温泉街の近くに位置しています（川自体は美瑛町内）。

また、羽衣の滝方面へ向かう駐車場のそばには、無料で利用できる「天女の足湯」があり、散策途中に立ち寄って気軽に温泉気分を味わうことができます。

なお、天人峡を流れる忠別川は、東川町と美瑛町の境界となっており、川の北側が東川町、南側が美瑛町に属しています。

歴史

天人峡温泉の歴史は明治30年（1897年）に遡ります。旭川で旅館を経営していた松山多米蔵氏が、アイヌの案内でこの地の温泉と滝を発見したのが始まりとされています。明治33年（1900年）には温泉旅館が建てられ、「松山温泉」として開湯しました（後の天人閣）。

昭和9年（1934年）、一帯が大雪山国立公園に指定され、自然景観の保護が進められました。昭和12年（1937年）には温泉地名が「天人峡温泉」として統一され、地域の一体化が図られました。翌昭和13年（1938年）には自動車道路が開通し、旭川からの直通バス運行が開始されたことで、アクセスが大幅に改善されました。

昭和28年（1953年）には、羽衣荘（後の天人峡グランドホテル）と御やどしきしま荘が開業し、温泉地としての賑わいが増しました。しかし、昭和後期から平成にかけて、主要旅館の経営破綻や閉館が相次ぎ、温泉地は徐々に衰退の道をたどります。平成22年（2010年）には温泉地へ続く道道が崩落し、宿泊客が一時孤立するなど、自然災害の影響も受けました。さらに、平成23年（2011年）には主要な路線バスの天人峡温泉への立ち寄りが廃止され、アクセス面でも不利な状況となりました。

近年の出来事としては、平成30年（2018年）に天人閣が事業譲渡され休業に入った後、再開することなく、令和5年（2023年）には天人閣と天人峡グランドホテルの解体・撤去が決定されるなど、かつての主要施設が姿を消しています。

アクセス

現在、天人峡温泉へ公共交通機関のみでアクセスするのは困難です。最も一般的な方法は自家用車またはタクシーの利用となります。旭川市中心部からは車で約1時間、旭川空港からは約45分程度です。

かつて運行されていた旭川電気軌道バスによる直通便は2011年に廃止されました。現在、路線バス（いで湯号）で最寄りの「国立公園入口」バス停まで行くことは可能ですが、そこから温泉街までは約7キロメートルの距離があり、徒歩での移動は現実的ではありません。

温泉地に宿泊する場合、「御やどしきしま荘」が宿泊者向けの無料送迎バスを運行しているため、これを利用するのが最も便利なアクセス手段となります。

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