天保の老人

天保の老人とは

「天保の老人」とは、明治時代の半ば以降に登場した表現で、主に明治生まれの青年たちが天保年間（1831年 - 1845年）に生まれた指導者層を批判的に指摘するために使用した言葉です。この用語は、特に徳富蘇峰が雑誌『国民之友』で発表した「田舎紳士」の中で広く知られることとなりました。彼は自らを「明治の青年」と自称し、福澤諭吉や板垣退助などを「天保の老人」として対比させ、この表現が浸透しました。

天保生まれの世代の背景

天保時代に生まれた世代は、幕末の動乱や明治維新の中で重要な役割を果たしました。彼らは1853年の黒船来航によって青年期を迎え、維新期には活発に活動した志士たちの多くを含んでいました。しかし、坂本龍馬や横井小楠のように、未だ明治を迎える前に命を落とした者も少なくありません。

飯田鼎は、この世代の特徴として、彼らが蘭学を通して西洋の自然科学を学びつつも、党派的な思想とは結びつかなかった点を指摘しています。後の世代である「明治の青年」は社会科学や文学を幅広く学び、洋学の知識を持つことが昇進につながるという環境の中で、イデオロギーに基づいた政治活動に傾くことになると論じています。

鹿島茂は、この世代が若い頃は攘夷を叫んで外国を排斥しようとしたものの、実際に欧米を目の当たりにしたときに強い劣等感を感じたことを指摘しています。彼らは近代機械文明に触れ、日本の弱さを痛感したため、愛国心を刺激されると同時に、欧米列強に対して戦いを挑む自信を失っていきました。

このような経験を経て、彼らが指導者となった際、外交においては徹底して弱腰の姿勢を貫くことになり、そのため後の世代から「臆病な天保老人」と揶揄されることになりました。鹿島は、彼らの恐怖心が歴史の流れを把握する上で重要な役割を果たしていたのではないかとも考察しています。

文学に見る天保の老人

内田樹は、夏目漱石の小説『虞美人草』に登場する宗近青年の父親の描写を用いて、「天保老人」の典型を示しています。宗近老人は、自身の歴史的使命が終わったことを受け入れ、それが彼を快活にしているという視点から、老人像を好意的に描いています。

又、明治末に流行した「スカラーソング」の中には、瀧廉太郎が作曲した「箱根八里」に神長瞭月の風刺歌詞が載せられ、「天保時代のもののふも今じゃ哀れなこの姿」という呟きが描かれ、天保生まれの世代の哀愁が表現されています。

代表的な天保生まれの人物

「天保の老人」に該当する人物には、以下のような著名人がいます：

• - 福澤諭吉（1835年 - 1901年）
• - 松方正義（1835年 - 1924年）
• - 板垣退助（1837年 - 1919年）
• - 渋沢栄一（1840年 - 1931年）
• - 伊藤博文（1841年 - 1909年）

彼らは明治期の日本に多大な影響を与えた人物ながら、その老後や世代的背景についても注目される存在です。天保生まれの彼らが直面した近代化の波は、日本の歴史を動かす大きな力となりました。

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