夷陵の戦い

夷陵の戦い

夷陵の戦い（いりょうのたたかい）は、222年に蜀漢（しょくかん）の初代皇帝、劉備（りゅうび）が呉（ご）に対して起こした大規模な戦いです。この戦いは、関羽（かんう）の死をきっかけに、劉備が呉への復讐を誓い、自ら軍を率いて開始されました。戦場は白帝城（はくていじょう）から夷道（いどう）までの三峡（さんきょう）全域に及び、蜀漢と呉の両軍が激突しました。

開戦までの経緯

劉備は、漢中争奪戦（かんちゅうそうだつせん）で勝利し、その勢いに乗じていました。しかし、荊州（けいしゅう）の守将であった関羽が魏（ぎ）の樊城（はんじょう）を攻撃した際、呉は以前から画策していた荊州奪取の機会を捉え、呂蒙（りょもう）と陸遜（りくそん）に関羽を背後から襲わせました。関羽は捕らえられて処刑され、荊州南部は呉の手に落ちました。

孫権（そんけん）は、関羽を憎んでおり、その首を曹操（そうそう）に送ったとされています。また、関羽が孫権の求婚を断ったことも、両者の関係を悪化させた一因でした。

戦いの勃発

221年4月、劉備は蜀漢の皇帝に即位し、呉への東征を決意しました。同年7月、劉備は自ら呉征伐の陣頭指揮を執り、親征軍を発しました。これは関羽の仇討ちという大義名分もあり、蜀漢の士気を高める要因となりました。

劉備軍は、馮習（ふうしゅう）が総指揮を執り、張南（ちょうなん）が先鋒を務め、呉班（ごはん）、陳式（ちんしき）が水軍を指揮しました。対する呉軍は、陸遜（りくそん）が大都督（だいととく）に任命され、全軍の指揮を執りました。当初、呉の将軍たちは、陸遜の実戦経験の少なさから懐疑的な態度を示していましたが、陸遜は着実に戦略を進めていきました。

劉備軍は巫城（ふじょう）と秭帰城（しきじょう）を急襲して制圧し、夷陵（いりょう）へと進軍しました。しかし、陸遜は蜀軍の計略を見抜き、水軍をおとりにした劉備の本隊の進軍を阻止しました。陸遜は蜀軍の弱点である火計に着目し、攻撃の機会を待ちました。

戦闘の激化と決着

222年に入ると、気候が温暖になり、劉備はさらに兵を進めました。陸遜は、蜀軍の陣が火計に弱いと見抜き、夜半に総攻撃を開始しました。この奇襲により、蜀軍の陣営は炎上し、多くの兵士が犠牲となりました。劉備は馬鞍山（ばあんざん）まで撤退しましたが、呉軍の追撃を受け、大敗を喫しました。馮習、張南、傅彤（ふとう）、程畿（ていき）などの有能な武将や、馬良（ばりょう）といった文官が戦死しました。劉備自身は趙雲（ちょううん）らの助けを借りて、辛うじて白帝城（はくていじょう）に逃れました。

戦後の影響

夷陵の戦いの結果、蜀漢は数万の兵力を失い、荊州を完全に失いました。一方、呉は陸遜の活躍によって勝利しましたが、魏（ぎ）の侵攻に備えなければならず、蜀漢への追撃を断念しました。この戦いを経て、呉と蜀の関係は一時的に悪化しましたが、その後、魏に対抗するために同盟を再開しました。また、劉備は、この戦の敗北から病に倒れ、翌年白帝城で亡くなりました。

この戦いは、三国時代の勢力図を大きく変える転換点となりました。蜀漢は国力を大きく削がれ、呉も魏の脅威にさらされながら、三国鼎立（ていりつ）の時代が続くことになります。

両軍の戦力

呉軍の兵力は5万と明記されていますが、蜀軍については正確な記録は残っていません。『資治通鑑（しじつがん）』では、蜀軍を4万余人と推定しています。ただし、蜀軍の被害は甚大で、数万の兵士が戦死または捕虜となったとされています。

三国志演義での描写

小説『三国志演義（さんごくしえんぎ）』では、この戦いが史実とは異なり、より劇的に描かれています。黄忠（こうちゅう）が戦死したり、関羽の仇である武将たちが討たれたりする場面は、フィクションです。また、陸遜が諸葛亮（しょかつりょう）の策にかかって退却する描写も創作です。この小説では、劉備軍の兵力が75万と誇張して描かれています。

参戦人物

蜀漢軍
劉備：蜀漢の初代皇帝。自ら軍を率いる。
馮習：総指揮官。
張南：先鋒。
呉班：水軍指揮。
陳式：水軍指揮。
黄権：長江北岸の別働隊指揮。
馬良：武陵の異民族懐柔。
趙雲：江州に留まり、魏への牽制。

呉軍
陸遜：大都督、全軍の指揮。
孫桓：夷道を守備。
呂蒙：関羽の背後を襲撃。既に故人。
諸葛瑾：劉備との和睦交渉。

まとめ

夷陵の戦いは、蜀漢と呉の命運を左右した重要な戦いであり、三国時代の歴史における転換点となりました。劉備の復讐心と、陸遜の優れた戦略が交錯し、多くの犠牲者を出したこの戦いは、後世に語り継がれることになります。

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