奥山儀八郎

奥山儀八郎（1907-1981）は、日本の木版画界に大きな足跡を残した巨匠です。山形県寒河江市に生まれ、幼少期から木版画に親しみ、その才能を開花させました。1928年、日本創作版画協会展で初入選を果たすと、翌年には才能を認められ、日本毛織宣伝部に所属。数々の商業広告を手掛け、広告版画のパイオニアとして名を馳せました。

彼の才能は広告業界にとどまりませんでした。大高重治氏と共に、ニッカウヰスキーのポスターやラベルのデザインも担当。ウイスキーという洋酒のイメージを、日本の伝統的な木版画という手法で表現したことは、当時としては非常に斬新な試みであったと言えるでしょう。

奥山は技術の研鑽にも励んでいました。1936年には浮世絵研究家の石井研堂に師事。伝統的な木版画の技法を深く学び、その技術を自身の作品に昇華させました。さらに、彼自身の深いコーヒー愛好家としての経験も、作品制作に影響を与えました。コーヒーの多様な呼び名を紹介した木版画「かうひい異名熟字一覧」はその一例です。彼はコーヒーの歴史や文化にも造詣が深く、その知識は彼の作品に深みを与え、独特の世界観を構築する上で重要な要素となりました。

金田信武氏の株式会社金田商店に所属した後、1949年には千代田区神田小川町に日本版画研究所を設立。浮世絵と同様の彫師、摺師による分業体制を取り入れ、所謂「新版画」と呼ばれる木版画制作に取り組みました。1954年には千葉県松戸市に自宅兼工房「奥山儀八郎版画工房」を構え、地元の風景を題材にした作品を数多く制作しました。

松戸での生活は、彼の創作活動に大きな影響を与えました。彼は地域に根付き、地域住民との交流を深めながら、作品を制作しました。1965年には伊藤左千夫の小説『野菊の墓』を記念した文学碑建立の発起人となり、地元に貢献しました。西蓮寺には現在も彼の版画作品が展示されており、地域文化に貢献した彼の功績をしのぶことができます。

奥山儀八郎の作品は多岐に渡ります。商業広告から創作版画、そしてコーヒーをテーマにした作品まで、彼の幅広い才能が感じられます。代表的な作品としては、「ニッケ丸ビル角日本毛織ショールーム」「ニッカウヰスキー蒸溜工場」「かうひい異名熟字一覧」「矢切の渡し雪中」などがあり、いずれも奥山独自の感性と優れた技術が光る作品です。

彼は1981年に74歳で亡くなりましたが、息子の奥山儀人が工房を継承し、その作品は現在も高く評価されています。1998年には、遺族がイギリス王室のビクトリア・アンド・アルバート美術館からの依頼を受け、ニッケのポスターを出展するなど、国際的な評価も得ています。

奥山儀八郎は、商業広告という枠を超え、日本の伝統的な木版画技法を現代に継承し、独自の表現を追求した稀有な存在でした。彼の作品は、昭和の時代の風景や文化を伝える貴重な資料であると同時に、現代においても人々の心を捉え続ける芸術作品として、後世に語り継がれることでしょう。彼の作品を通して、私たちは昭和時代の日本、そして奥山儀八郎という一人の芸術家の情熱に触れることができるのです。

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