官庁集中計画

官庁集中計画（かんちょうしゅうちゅうけいかく）は、明治時代の日本において推進された国家的プロジェクトであり、特に首都東京の将来像を規定する重要な試みでした。この計画の主眼は、政府の中枢機能を担う議事堂や各省庁の建物を、現在の霞が関一帯に集約し、当時の欧州主要都市、特にパリやベルリンに匹敵するような、華麗なバロック様式の近代的な官庁街を創り出すことにありました。

計画の背景と開始

計画が持ち上がった背景には、明治政府が欧米列強との不平等条約改正を悲願としていたことがあります。外務大臣を務めた井上馨は、条約改正交渉を有利に進めるため、西欧文化の積極的な導入を図る欧化政策、いわゆる「鹿鳴館外交」を展開しました。この政策の一環として、国家の威信を示すに足る壮麗な首都建設が構想されたのです。

こうした考えのもと、1886年（明治19年）、内閣直属の特別機関として臨時建築局が設置されました。井上馨が自ら総裁を務め、内務官僚の三島通庸が副総裁（警視総監を兼務）、ドイツでの建築学を修めた松崎万長が工事部長に就任するなど、強力な推進体制が組まれました。

計画を進めるにあたり、政府はドイツから高名な建築家であるヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンを招き、都市計画及び主要な政府建築の設計を依頼しました。同年、ベックマンらドイツ人技師が来日し、計画地の調査や設計作業に着手します。一方、将来を見据え、日本人建築家である渡辺譲、妻木頼黄、河合浩蔵らが建築技術の習得のためドイツへ留学するなど、人材育成にも力が入れられました。

壮大な構想と課題

来日したベックマンは、築地を起点とし、霞が関へ向かう線を都市の主要な軸線と捉え、その沿線に中央駅、劇場、博覧会場、そして官庁街、新宮殿、国会議事堂などを配置するという、きわめて壮大な都市計画案を策定しました。国会議事堂の位置は、奇しくも現在の場所とほぼ同じでした。

しかし、この最初の計画案は、その規模ゆえに実現には膨大な国家予算が必要であり、当時の日本の財政状況から見て、現実的なものではありませんでした。計画の推進途上、ベックマンの推薦で東京の近代水道整備の技術顧問として招かれたジェームス・ホープレヒトも、ベックマン案の非現実性を指摘し、計画の大幅な縮小を提言します。その後、エンデが来日し、縮小された構想に基づいて計画案の修正作業を行いました。

計画の頓挫と再編

官庁集中計画は、それを強く推進していた井上馨の政治的立場に大きく依存していました。1887年（明治20年）、井上馨が条約改正交渉の失敗の責任を取って外務大臣を辞任すると、計画はその勢いを失い、事実上の頓挫状態に陥ります。

臨時建築局は内務省に移管され、ドイツへ留学していた日本人建築家たちも帰国を命じられました。エンデとベックマンへの設計依頼も大幅に縮小され、当初の多岐にわたる施設から、議事堂、大審院、司法省のわずか3棟の設計に限定されることになります。

計画を引き継いだ第二代総裁の山尾庸三は、井上時代の構想を大幅に見直し、規模を縮小・変更した新たな計画を策定しました。この山尾による新計画は、1888年（明治21年）9月に閣議決定され、現在の日比谷公園一帯と、千代田区霞が関一丁目・二丁目の敷地に官庁街を形成する基礎となりました。今日、「中央官庁街の原型は山尾によって与えられた」と言われるのはこのためです。その後、山尾は臨時建築局の廃止とドイツ人建築家との契約解除を上申。臨時建築局は1890年（明治23年）3月に廃止され、関連業務は内務省土木局に移管されました。

実現と遺構

結局、国会議事堂の建設は、当初の壮大な計画から変更され、1890年の第1回帝国議会開催に間に合わせるため、木造2階建ての仮建築として竣工しました。一方、エンデとベックマンが設計した大審院と司法省の建物は、計画縮小後も建設が進められ、1895年（明治28年）に完成しました。なお、同時期に建設された海軍省庁舎は、ジョサイア・コンドルの設計により1890年に着工し、1894年に竣工しています。

第二次世界大戦中の1945年、大審院と司法省の建物は戦災により屋根や内部が焼失しましたが、戦後に修復されました。その後、最高裁判所として使用されていた旧大審院の建物は1976年に取り壊されましたが、旧司法省の建物は法務省本館として使用され続け、1994年には当初の姿への大規模な復元工事が行われました。この旧司法省庁舎は、国の重要文化財に指定され、官庁集中計画の数少ない遺構として、今日までその重厚な姿をとどめています。

官庁集中計画は、欧化政策と国家の威信をかけた明治政府の野心的な試みでしたが、政治的・財政的な制約により当初の理想通りには実現しませんでした。しかし、その過程で培われた近代建築技術や都市計画の知見、そして最終的に建設された建物群は、日本の近代化に大きな足跡を残したと言えます。

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