宝誌

宝誌（ほうし）

宝誌（418年 - 514年）は、中国の南朝時代に活躍した伝説的な僧侶です。その奇異な行動と予言能力で知られ、神異僧、風狂の僧として名を残しました。

生涯

宝誌の生涯は、正史と伝説が入り混じっています。

初期の頃は、特に変わった様子は見られなかったようです。しかし、斉の時代に入ると、長髪を振り乱し、裸足で街を徘徊するようになります。錫杖には鏡や鋏などをぶら下げ、酒を飲んだり、何日も食事を摂らなかったりと、奇行が目立つようになりました。また、人々の心を読み、未来を予言する能力も持っていたと伝えられています。時には、同時に複数の場所に現れることもあったそうです。

梁の時代には、武帝から深く尊崇され、宮中への出入りも許されました。宝誌は、武帝に仏教の教えを説き、政治にも影響を与えたとされています。亡くなる前には、「菩薩はまさに去るべし」と告げ、華林園内の仏堂で入寂しました。武帝は、その菩提を弔うために、鍾山に開善寺を建立しました。

伝承の形成

宝誌の死後、その伝説は様々な形で広まっていきました。

隋の時代には、宝誌の伝記が書かれましたが、内容は大きく変貌していました。唐の時代には、宝誌は十一面観音の化身であるという信仰が生まれました。また、宝誌に由来する「誌公帽子」と呼ばれる帽子を被った像も描かれるようになり、敦煌からも発見されています。さらに、「大乗讃」「十二時頌」「十四科頌」と呼ばれる偈頌が、宝誌の名を借りて作られました。

北魏の宝公

北魏の同時代史料である『洛陽伽藍記』には、宝公という僧が登場します。宝公は、ボロをまとった姿で、三世を見通す神通力を持ち、予言を行うなど、宝誌と酷似した人物として描かれています。宝公が宝誌本人であった可能性も指摘されています。

日本への影響

日本にも、宝誌に関する説話が伝わっています。『宇治拾遺物語』には、宝誌が十一面観音の化身であるという話が収録されています。また、「野馬台詩」と呼ばれる日本の未来記の撰者としても知られています。

神仏習合の書物である『天照皇大神儀軌』は、『宝誌和尚口伝』とも呼ばれ、その作者が宝誌に仮託されています。京都市の西往寺には、宝誌和尚像が伝来しています。この像は、顔面が縦に裂け、内側から十一面観音の相を現そうとする瞬間を表現した特異な彫像で、ロラン・バルトの著書のカバー写真にも採用されました。また、ボストン美術館所蔵の五百羅漢図像の中にも、同様の図像が描かれています。

宝誌は、その奇行と予言で人々を魅了し、死後も観音の化身として信仰を集めました。その伝説は、中国だけでなく、日本にも大きな影響を与え、様々な形で受け継がれています。

参考文献

百橋明穂､田林啓編『神異僧と美術伝播』（中央公論美術出版、2021年）
荒木浩『日本文学 二重の顔：＜成る＞ことの詩学へ』（大阪大学出版会、2007年）
北進一「神異なる仮面（ペルソナ）の高僧：四川省石窟宝誌和尚像報告」（『象徴図像研究：動物と象徴』所収、和光大学総合文化研究所編、言叢社、2006年）
小峯和明『『野馬台詩』の謎：歴史叙述としての未来記』（岩波書店、2003年）
佐藤弘夫『偽書の精神史：神仏・異界と交感する中世』（講談社、2002年）
佐藤成順「宋朝初期三代皇帝と釈宝誌の讖記」（『宋代仏教の研究：元照の浄土教』第1章　山喜房佛書林、2001年）
牧田諦亮「宝誌和尚伝攷」（『中国仏教史研究』2「中国における民衆仏教成立の過程」2　大東出版社、1984年）
毛利久「宝誌和尚像」（『古文化』1　1948年）
松本栄一「誌公像」（『敦煌画の研究』第4章第5節　東方文化学院東京研究所、1937年）

外部リンク

大乗讃
西往寺蔵・宝誌和尚立像
野馬台詩

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