実隆公記

『実隆公記』は、室町時代後期の公家、三条西実隆（さねにし さねたか）によって記された日記です。文明6年（1474年）から天文5年（1536年）までの60年以上にわたる期間を網羅しており、当時の社会や文化を知る上で非常に重要な史料とされています。実隆自身の手による自筆本が現存し、1995年には重要文化財に指定されました。

日記の内容と特徴

『実隆公記』には、当時の京都における朝廷や公家の動向、戦国大名の情報、和歌、古典の書写など、多岐にわたる内容が記述されています。特に、儀式に関する記述が少ない一方で、禁裏への出仕、歌会、寺社参詣、火災や戦乱など、実隆自身の生活や関心事が色濃く反映されている点が特徴的です。これは、同時期の他の公家の日記にも共通して見られる傾向です。

高橋秀樹氏は、実隆を「中世で一番の著述家」と評し、『実隆公記』なしに中世後期の歴史を語ることはできないと述べています。実隆の死後400年以上もの間、自筆原本は三条西家に代々伝えられてきましたが、太平洋戦争後に東京大学史料編纂所へ移管され、現在も同所に所蔵されています。翻刻版は、続群書類従完成会から刊行されています。

日記の形態

日記の形態は、時期によって冊子や巻子など変化が見られます。初期には体裁が定まっていませんでしたが、次第に冊子（文明15年（1483年）～長享元年（1487年））、巻子（長享元年（1487年）～永正9年（1512年））、再び冊子（永正10年（1513年）～天文5年（1536年））へと変化しています。

実隆が朝廷の要職にあった時期には、巻子が用いられ、重要な手紙などが日記に貼り継がれていました。しかし、出家後は冊子形式を用いるようになり、日記を備忘録的なものと位置づけるようになったと考えられています。日記は変体漢文で書かれており、ほぼ全ての文章が漢字で記述されています。

文化人としての実隆

実隆は、連歌師の肖柏や宗祇らと親交を深め、特に宗祇とは親密な関係を築きました。宗祇は、自身の死後に聞書などを実隆に譲る約束をしたり、和歌の相伝の文書一式を実隆に預けたりするなど、実隆を深く信頼していました。また、宗祇は実隆から金銭的な援助を受けることもあり、実隆は宗祇と朝廷との連絡役や相談相手としても重要な役割を果たしていました。

実隆は和歌や漢詩にも優れ、連歌集『新撰菟玖波集』の編纂にも参加しました。また、『源氏物語』『伊勢物語』『古今和歌集』をはじめとする古典の書写や講読にも深く関わっており、古今伝授の正系を宗祇から伝授されています。実隆による古典の書写は、経済的に不安定だった三条西家の収入源にもなっていました。

将軍家からも重用され、足利義政、足利義尚、足利義稙など、歴代の将軍から様々な恩恵を受けています。

三条西家の経済状態

三条西家は、他の公家と同様に荘園からの収入で生計を立てていましたが、遠隔地の荘園からの収入は不安定であり、経済的に苦しい状況が続いていました。実隆は、文化人としての名声を生かし、和歌・連歌の添削や古典の書写などを請け負うことで、家計を支えていました。晩年には、堺の富商である武野新五郎と親交を深め、経済的な援助を受けていました。

人となり

『実隆公記』には、実隆の肖像画に関する記述も残されています。土佐光信が描いた肖像画の下絵を見た実隆は、「十分に似ず、比興なり」と評しています。また、日記の余白には裸婦像が描かれており、実隆の筆によるものではないかと推測されています。

囲碁や将棋を愛好し、特に将棋については、日記のほぼ全期間にわたって言及があります。あまりにも熱中しすぎていたため、自らを戒める記述も見られます。

「不可説」や「言語道断」という表現を頻繁に用いており、芳賀幸四郎は、これらの表現を、実隆の価値観が現実にそぐわないものになってきたことに由来すると解釈しています。

『実隆公記』は、室町時代後期の公家社会や文化、そして三条西実隆という人物を知る上で、かけがえのない史料と言えるでしょう。

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