寝肥

寝肥（ねぶとり）：妖怪か、病気か、それとも戒めか？

江戸時代中期に編纂された妖怪奇談集『絵本百物語』に登場する「寝肥（ねぶとり）」は、その正体について諸説飛び交う、謎めいた存在です。一般的な妖怪のイメージとは異なり、病気の一種であったり、女性への戒めとして解釈されることも多く、その実態は未だに解明されていません。

『絵本百物語』における寝肥

『絵本百物語』の記述によると、寝肥とは夜寝床につくと、部屋に入りきらないほどの巨体となり、雷鳴にも似た激しいいびきをかいて眠る女性のことであり、一種の病気とされています。奥州（現在の青森県や岩手県）では、寝相の悪い女性を指して「ねぶとり」と呼ぶ地方もあったようです。

同書には、布団が10枚もある家に住む女性が、7枚もの布団を使って寝ていたという逸話が記されています。この女性は、色気もなく騒がしいことから、夫の愛想をつくされてしまったとされています。この物語は、結婚後も家で怠けて寝てばかりいる女性への戒めとして創作されたという説もあります。

寝肥の諸説

「ねぶとり」という妖怪は、『絵本百物語』以外に、他の古典作品や民間伝承には確認されていません。そのため、その正体については様々な解釈がされています。

病気としての解釈: 寝肥は、細菌感染症である癰（よう）の一種「寝太（ねぶと）」との語呂合わせではないかという説があります。寝太は高齢者や糖尿病患者、運動不足の人などがかかりやすい病気であり、「寝肥」という名称がその症状を暗示しているという見方です。また、奥州地方で行われる「ねぶた」祭りの山車燈籠に、膨れ上がった肉体を持つ人物が描かれていることから、「寝肥」は「ねぶた」との語呂合わせではないかという説も存在します。
妖怪憑きとしての解釈: 江戸時代の書物には、老女の体にタヌキが入り込み、老女が途端に元気になって大量の食物を食べるようになったという奇談があります（狸憑き）。このことから、寝肥もまた、女性の体にタヌキのような妖怪が憑依して起こる現象だと解釈する説もあります。また、岡田玉山による読本『画本玉藻譚』には、玉藻前（キツネ）が化かす術として、家の中で女性が巨大化する描写があり、その挿絵が「ねぶとり」として紹介されることもあります。
* 二口女やろくろ首との関連性: 病気によって人間が妖怪と化すという点で、二口女やろくろ首と類似した存在とする見方もあります。

寝肥が登場する作品

寝肥は、様々な創作物にも登場しています。小説では京極夏彦『寝肥』（前巷説百物語収録）、漫画では『地獄先生ぬ〜べ〜』や『妖怪の飼育員さん』などにその姿が描かれています。これらの作品では、寝肥はそれぞれ異なる解釈で描かれており、妖怪としての性質や、その由来、能力などが異なっています。

上方落語における寝肥

上方落語の演目「お玉牛」には、寝肥が登場します。この落語では、寝肥は文字通りの意味、つまり寝てばかりで太ってしまった状態を表しており、妖怪としての描写はありません。

まとめ

「寝肥（ねぶとり）」は、その正体ははっきりと解明されていません。妖怪、病気、戒めの言葉、あるいはそれらの複合体など、様々な解釈が可能です。その曖昧な存在こそが、「寝肥」を魅力的な、そして謎めいた存在にしていると言えるでしょう。今後も、様々な文献や解釈を通じて、その実態が少しずつ明らかになっていくかもしれません。

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