小林文七

小林文七：日本の浮世絵史に名を刻んだ収集家と販売者

小林文七(1862-1923)は、明治から大正時代にかけて活躍した、類まれな浮世絵の版元、販売者、そして熱心な収集家でした。裕福な家庭に生まれた彼は、若くして浮世絵の世界に足を踏み入れ、その後の日本の浮世絵史に大きな影響を与えることになります。

浅草で生まれ育った小林は、当初は林忠正の店で使用人として働いていましたが、やがて自身の浮世絵商「蓬枢閣」を浅草駒形町に開業。吉田金兵衛の助力を得て、錦絵などを扱う店として成功を収めました。

彼の真の功績は、積極的な浮世絵の展覧会開催にあります。明治25年(1892年)、上野で日本で初めてとなる本格的な浮世絵展を開催。肉筆画や版画など、計133点の作品が展示され、林忠正による序文付きの展覧会目録も作成されました。この展覧会には益田孝、若井兼三郎など、当時を代表する浮世絵収集家たちが多数参加し、その名を広く知らしめました。

その後も、小林は精力的に浮世絵展を開催し続けました。明治26年には飯島虚心の『葛飾北斎伝』などの出版にも携わり、明治30年には上野美術協会で浮世絵歴史展覧会を開催。明治31年にも上野で浮世絵展を開き、版画と肉筆画合わせて241点を展示しました。この展覧会では、重野安繹による序文、アーネスト・フェノロサによる解説が添えられ、展示即売を目的とした画期的な試みでもありました。明治33年には北斎展を開催し、英文カタログを作成、海外への販売も視野に入れていました。

小林の活動は国内にとどまりませんでした。明治35年には蓬枢閣の横浜支店を開設し、外国人観光客への販売も行いました。さらに、アメリカ合衆国にサンフランシスコ支店を開設するなど、海外進出も図りました。しかし、サンフランシスコ支店はすぐに閉鎖せざるを得なくなりました。その後も、度々海外へ渡航し、浮世絵の販売や収集活動に励みました。

国内での活動も盛んに行われ、大正7年には自宅で慶長前後の版画陳列会を開催。大正9年には慶應義塾図書館で、大正11年には国民新聞社別館で、それぞれ自身の所蔵品による浮世絵展を開催しています。

晩年は、膨大な浮世絵コレクションを誇っていましたが、大正12年(1923年)、胃癌のため63歳で生涯を閉じました。そして、同年9月1日に発生した関東大震災により、彼の貴重なコレクション、浮世絵版画約10万点と東洲斎写楽の版下絵など肉筆浮世絵約2000点が焼失するという、大きな悲劇に見舞われました。

小林文七は、日本の浮世絵を国内外に広め、その発展に大きく貢献した人物でした。彼の情熱と功績は、今もなお、浮世絵研究者の間で高く評価されています。彼の収集した膨大なコレクションが失われたことは痛恨事ではありますが、彼が開催した数々の展覧会や出版物は、浮世絵史に残る貴重な記録として、現在も研究者の重要な資料となっています。

もう一度検索