小笠原長旌

戦国時代から安土山桃山時代にかけての武将、小笠原長旌は、石見国邑智郡川本の温湯城を本拠とした石見小笠原氏の第15代当主です。父は第14代当主の小笠原長雄。

生涯

天文12年（1543年）、石見国川本の温湯城主、小笠原長雄の子として誕生しました。弘治2年（1556年）11月27日には、氏神三原郷八幡宮（現在の武明八幡宮）にて元服、「長旌」と名乗ります。父長雄は元服の祈念を務めた神主に対し、田地を与えるなど厚遇しました。

長旌は毛利氏に従属し、永禄11年（1568年）には毛利元就の北九州攻めに従軍しました。翌永禄12年（1569年）、尼子勝久が蜂起した際には毛利方としてその鎮圧戦において先陣を務め、武功を立てました。同年12月、父長雄の死去に伴い、家督を継承し、石見小笠原氏の当主となります。

家督相続後、長旌は領内の社寺の復興に努めます。元亀2年（1571年）8月には大田北八幡宮内殿を再建しました。また、一族と共に各地の八幡宮（長久郷、吉永村、川合村など）の造営や再建に関与しました。天正5年（1577年）3月には、家臣である坂根四郎左衛門実延に対し、「坂根三郎右衛門長正」への改名を許しています。

後継者問題と養子縁組

長旌は病弱であった上に、長らく男子に恵まれず、これが石見小笠原氏の将来に大きな影を落としました。後継者が不在であることを憂慮した重臣らは、有力大名である毛利氏の一族から養子を迎えることを画策します。当初、吉川元春の四男である吉川松寿丸を養子に迎えたいと毛利氏に要請しましたが、松寿丸がまもなく早世したため、天正7年（1579年）に改めて元春の三男である吉川経言（後の吉川広家）を養子として迎えることを要請しました。

当時、経言は吉川氏の庶流である宮庄氏を継ぐことになっており、自身の処遇に不満を抱いていました。そのため、父元春の意向に反する形で、小笠原氏の養子の話に前向きに応じます。天正9年（1581年）には、石見小笠原氏と吉川氏の間で養子縁組の具体的な合意が成立し、残すは主君である毛利輝元の正式な承認のみという段階まで進みました。

しかし、毛利氏当主・輝元はこの養子縁組に対し、強く反対の意を示しました。結果として、この養子縁組計画は実現しませんでした。この経緯について、歴史研究家の光成準治氏は、それぞれの立場の思惑が複雑に絡み合っていたと解説しています。長旌は吉川氏からの養子で毛利一門となることで、没収された温湯城の返還を期待。経言は自身の待遇への不満から応諾。一方、輝元は、吉川氏の発言力増大と、かつて最後まで毛利氏に抵抗した経緯を持つ小笠原氏の家格上昇が他の服属勢力間のバランスを崩すことを警戒し反対した、と分析されています。輝元は後に経言の不満解消のため隠岐一国を与えました。

後継者確定と転封

吉川経言の養子縁組が頓挫した後も、長旌には長い間男子が誕生しませんでした。また、病弱であったために広島での毛利氏への勤仕も困難な状況が続きました。このため、長旌は苦渋の選択として、自身の娘を弟・元枝の子である長親と婚姻させ、この長親を小笠原氏の家督後継者とし、元枝をその後見人と定めます。ただし、この際に将来もし長旌に実子が誕生した場合には、その実子を後継者とするという条件を付しました。そして、天正19年（1591年）に長旌に待望の実子、千代童丸が誕生すると、予定通り千代童丸が後継者となりました。しかし、この千代童丸は翌年の天正20年（1592年）に夭折してしまいます。これにより、再び長親が後継者となり、元枝がその後見人として小笠原氏の家政を預かることとなりました。

この頃、長旌時代の石見小笠原氏の所領は、河本や三原周辺を中心に江の川の北岸一帯に広がり、邑智郡、迩摩郡、安濃郡、那賀郡の四郡にまたがる約3万5,000石というかなりの規模に達していました。しかし、同じ天正20年（1592年）、主君である毛利輝元の命により、小笠原氏は長年本拠とした石見国を離れ、出雲国神門郡の神西へと転封されることとなります。この転封は、石見小笠原氏にとって大きな転機となりました。出雲への随従を希望した多くの家臣たちを石見に残さざるを得ず、長旌は一族と一部家臣のみを伴って神西へ移りました。石見に残された小笠原氏一族や多くの家臣たちは、そのまま帰農する道を選ばざるを得ませんでした。

長旌の没年については、史料によって異説があります。「丸山伝記」や、転封先の神西にある大就寺の碑文によれば、文禄4年（1595年）に死去したと記されています。この場合、享年は53歳となります。一方、「孫左文書」という史料では、慶長8年（1603年）に死去したとされており、この場合の享年は61歳となります。

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