尚順

尚順：近代沖縄の礎を築いた男爵

尚順は、1873年（明治6年）、琉球王国の最後の国王であった尚泰王の四男として誕生しました。母は松川按司で、幼少期は松山王子、あるいは松山御殿と呼ばれていました。雅号は鷺泉です。

琉球処分後、7歳で父と共に東京へ上京。20歳で故郷沖縄へ戻ると、1893年（明治26年）には、太田朝敷、護得久朝惟、豊見城盛和、高嶺朝教らと共に、沖縄における重要なメディアの一つとなる『琉球新報』を創刊しました。さらに、1899年（明治32年）には沖縄銀行を設立し、沖縄の経済発展にも貢献しました。これらの活動は、近代沖縄社会の形成に大きな役割を果たしたと言えるでしょう。

また、沖縄広運の設立や、桃原農園の開園によるパイナップルなどの果樹や観賞用植物の導入など、沖縄の産業振興にも積極的に取り組みました。

1904年（明治37年）、貴族院男爵議員に選ばれましたが、1915年（大正4年）に辞職しています。松山御殿は約4000坪の広大な敷地を有し、家族16人、使用人20数名という大世帯でした。6人の男子と10人の女子に恵まれましたが、第二次世界大戦の沖縄戦では、尚順自身、妻、長男一家、三男、四男、そして孫である尚忠昭、尚忠正が戦火に散るという悲劇に見舞われました。

尚順は、政治家としての活動だけでなく、趣味人としても知られていました。優れた書家として名高く、建築家の伊東忠太、画家の藤田嗣治、民芸家の柳宗悦、陶芸家の河井寛次郎など、各界の著名人たちと交流を持っていました。

さらに、美食家としても有名で、「驚異の美食家」「グルメ男爵」などと呼ばれ、特に泡盛造詣の深さは際立っていました。彼の遺稿集には、泡盛に関する記述が多く見られ、首里城明け渡しに関する自身の体験談も記されています。そこには、6歳児の目を通して見た首里城明け渡しの様子や、松田道之の印象、そして父である尚泰王の態度などが克明に描かれています。

娘の根岸常子によると、尚順は現在の沖縄県国頭郡本部町伊豆味に別荘を所有していたとのことです。

尚順の遺稿や、松山御殿の人々の著作、関連文書を収録した『松山御殿物語』によると、尚順家の家訓は次の5つに集約されます。（家訓の内容は資料に依存するため、ここでは割愛します。）

家督は、尚順の次男である尚誠が継ぎました。しかし尚誠は、弟（尚順の六男）尚詮に財産管理を委ね、尚詮は兄に代わり松山御殿の財産を管理しました。尚詮は、戦災で灰燼に帰した桃原農園の復興にも尽力しました。尚詮の妻は琉球大学名誉教授の尚弘子です。現在、尚誠の長男である尚厚（桃原農園社長）が松山御殿の財産を引き継いでいます。尚誠の長女は、白光真宏会第二代会長の西園寺昌美です。

尚順の六女である知名茂子は、『松山御殿の日々』を著しました。1917年生まれの彼女は、1938年に首里の旧家・知名家に嫁ぎ、台湾へ赴任。戦後沖縄に戻り、三男一女を育てました。彼女によると、尚順は子供たちに「父は男爵だが、お前たちに身分はない。使用人は父の使用人で、お前たちの使用人ではない」と常々言っていたそうです。これは、尚順の教育理念を示すものであり、身分にとらわれず、自立した人間を育成しようとする彼の考えが見て取れます。

尚順の生涯は、近代沖縄の歴史と深く結びついており、その功績は今もなお高く評価されています。彼が残した足跡は、将来の沖縄を考える上で、重要な指標となるでしょう。

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