居住移転の自由

居住移転の自由とは

居住移転の自由（きょじゅういてんのじゆう）は、個人が自らの意思に基づいて住所や居場所を決定し、そこへ移動する権利、そして意に反して現在の居住地から移されることのない自由を指します。この自由は「移動の自由」とも呼ばれることがあります。

歴史的背景と意義

歴史的に見ると、この自由は封建時代における身分制度的な拘束からの解放という文脈で重要性を持ちました。かつての社会では、「領民」としての人民は、生産者として土地に縛り付けられ、その職業や居住地を自由に選ぶことはできませんでした。居住移転の自由や職業選択の自由の確立は、このような制約を取り払い、人々が自由に労働市場に参加することを可能にし、近代資本主義社会が成立するための前提条件となったのです。

しかし、初期の市民革命期の憲法では、この自由を明確に規定する例は少なかったとされています。その後、1919年のヴァイマル憲法や1949年のドイツ連邦共和国基本法といった憲法典で具体的に定められるようになりました。現代においては、経済活動の基盤となる自由という側面はもちろんのこと、個人の精神的な発達や自己実現を支える精神的自由としての意味合いがより強く認識されています。

国際的な人権保障においても、居住移転の自由は重要な位置を占めています。世界人権宣言の第13条や、市民的及び政治的権利に関する国際規約（国際人権規約B規約）の第12条でこの権利が保障されており、日本も1979年に国際人権規約B規約を批准しています。

法的な性格

居住移転の自由の法的な性格については、主に経済的自由権として分類されることが一般的です。これは、人々が自由に居住地を選び、移転することで、自己の経済生活を維持・向上させる機会を得るためです。例えば、特定の場所での就労を希望する場合、そこに住むことが可能であるためには、居住移転の自由が確保されている必要があります。

しかし、この自由はそれだけにとどまりません。自己が望む場所に移動できるという点では、単に身体を拘束されないという消極的な自由だけでなく、自らの意思で移動する身体的自由権としての積極的な側面も持ち合わせています。また、居住や移動の自由は、人々の活動範囲を広げ、多様な人々との交流を通じて新しい知見や経験を得る機会を提供するため、精神的自由権としての側面も有すると考えられています。表現の自由や集会の自由とも密接に関連する権利です。

今日では、これらの側面を統合的に捉え、居住移転の自由は多角的かつ複合的な性格を持つ権利として理解する学説が有力視されています。権利の制約を検討する際には、その時々でどの側面が強く関わっているのかを具体的に判断する必要があり、特に精神的自由の側面に関わる制約に対しては、経済的自由の場合よりも厳格な基準が適用されるべきだと考えられています。

権利の制約

居住移転の自由も、絶対無制限に保障されるわけではなく、公共の利益や他者の権利との調整から一定の制約を受けることがあります。国際的な移動に関しては、市民でない者に対する入国・出国時の査証（ビザ）規制や旅券（パスポート）の発給要件など、各国が定める制約が存在します。また、未成年者に対する親権者の居所指定権や、犯罪により有罪判決を受けた者に対する拘禁や仮釈放・保護観察における移動制限など、国内法に基づく制約も広く認められています。

経済的な側面に関わる制約としては、労働市場への参入に関わる障壁や、特定の地域への定住を制限するような保護貿易的な措置、さらには私有地への無断立ち入り禁止なども挙げられます。また、個人の身分証明書の所持義務や住所変更の届け出義務なども、この自由に関連する行政的な制約と言えるでしょう。

日本における居住移転の自由

日本においては、大日本帝国憲法下でも「法律ノ範囲内ニ於テ」居住移転の自由が認められていました。これは、憲法上の権利が法律によって制限される「法律の留保」という考え方に基づいています。当時の学説では、国境を越える海外移住の自由を含むか、また営業の自由を含むかなどが議論されました。

現在の日本国憲法は、第22条第1項で「すべて国民は、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」と規定し、居住移転の自由を明確に保障しています。この「公共の福祉」による制約の解釈については、経済的自由権として職業選択の自由と同様に政策的な制約を受けるという説、経済的自由権とは別として内在的な制約のみを受けるという説、あるいは両方の制約を受けうるが権利の側面に合わせた基準で判断すべきという説など、複数の見解が存在します。

また、日本国憲法第22条第1項の保障範囲については、国内での住所移転にとどまらず、国内旅行のような一時的な移動の自由も含むかどうかが議論されています。海外への移住の自由は、同条第2項で別途規定されていますが、一時的な海外渡航が1項と2項のどちらで保障されるかも見解が分かれています。

具体的な制約としては、刑事罰による拘禁、親権者による子の居所指定、精神疾患による強制入院などが人身の自由に関連する側面からの制約にあたります。一方、破産法による破産者の居住制限や、自衛隊法による隊員の居住場所の制限などは、経済的自由や職務の特殊性に基づく制約と位置づけられます。過去には、1947年に都市への人口集中を抑える目的で「都会地転入抑制法」という法律が施行されたこともありますが、これは時限立法であり短期間で廃止されました。

居住移転の自由は、個人の自律的な生活と多様な活動を支える基盤となる権利であり、その保障と公共の利益との適切なバランスが常に求められます。

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