山下文男

山下文男：津波災害史研究の先駆者

山下文男（1924年 1月16日 - 2011年12月13日）は、日本の津波災害史研究家であり、特に「津波てんでんこ」という言葉を広めたことで知られています。彼は、元日本共産党中央委員会文化部長という経歴も持ち、文化運動にも深く関わりました。その功績は、『津波ものがたり』での「日本自然災害学会賞」功績賞や「平成15年度防災功労者表彰」など、数々の賞によって称えられています。

生い立ちと津波体験

山下は岩手県気仙郡綾里村（現在の大船渡市三陸町綾里）の出身です。1896年の明治三陸津波では、彼の祖母を含む親族9人が犠牲になりました。また、1933年の昭和三陸津波では、9歳だった山下自身も高台に避難して難を逃れるという経験をしています。これらの津波体験に加え、昭和東北大凶作も経験しており、自然の脅威を身をもって知る少年時代を送りました。

政治活動と文化運動

山下は、1967年の善隣学生会館事件において、井上清の批判に対して反論する著書を執筆しました。また、1970年代には日本共産党中央委員会文化部長として、党の活動を支えました。その中では、日本共産党スパイ査問事件の蒸し返しに対する批判や、日本共産党と創価学会との間で締結された共創協定において重要な役割を果たしました。その後、同党の名誉幹部会委員となりました。

津波研究への情熱

1986年以降、山下は歴史地震研究会会員として、津波に関する研究と防災活動に専念しました。自身の津波体験を踏まえ、近代日本の津波史を深く研究し、『津波てんでんこ－近代日本の津波史』をはじめとする多くの著作を通じて、津波の恐ろしさを訴え続けました。また、学校などで自らの体験を語る活動にも積極的に取り組み、津波の記憶を風化させないための活動を行いました。

東日本大震災での被災と反省

2011年3月11日の東日本大震災では、山下は岩手県立高田病院に入院中に津波に襲われました。津波警報が院内に響き渡る中、彼は「研究者として見届けたい」という思いから、4階の海側の病室で津波の様子を見ていました。しかし、津波は病院の3階を破壊し、4階まで到達。山下は腰が抜けて動けず、室内に押し寄せる津波の中で、カーテンにしがみつくことで何とか一命を取り留めました。その後、海上自衛隊によって救助され、病院へ移送されました。

この経験から、山下は「津波を甘く考えていた」と深く反省しました。また、大船渡市の湾口防波堤が津波に対して無力だったことを指摘し、今後の津波防災対策における課題を提起しました。

津波の教訓と防災への提言

山下は、東日本大震災を機に新装版が出版された『哀史三陸大津波』において、三陸海岸が津波の常襲地帯であることを知りながら、観光への影響を恐れて防災教育を怠ってきた行政の問題点を指摘しました。さらに、過去の津波災害で繰り返された「互いに助け合おうとしての共倒れ」や「津波のスピードと引き潮の猛威を無視した逃げ遅れ」といった悲劇が、今回の震災でも繰り返されたことに衝撃を受けたと述べています。

原発と自衛隊に対する見解

山下は、原子力発電所については、「全面的には否定しない」という立場を示し、将来の日本のエネルギー問題を考慮すると、原発を完全に否定することはできないという考えを表明しました。また、かつて自身が関わった共創協定については、「のどかな時代だった」と回想しました。さらに、自衛隊については、これまで憲法違反であると主張してきたものの、東日本大震災における自衛隊の活動を目の当たりにし、その存在の必要性を痛感したと述べています。

受賞と晩年

山下は、1991年に『津波ものがたり』で「日本科学読物賞」と「北の児童文学賞」を受賞したほか、2000年には「日本自然災害学会賞」功績賞、2003年には「平成15年度防災功労者表彰」、2006年には「岩手日報社文化賞」を受賞しました。救出から間もない2011年12月13日、肺炎のため盛岡市の病院で亡くなりました。享年87歳でした。

主な著作

山下文男は、以下のような多くの著作を残しました。

『文化革命とはなにか』
『七〇年代の文化運動』
『民主的文化運動の道』
『新しい政治と文化』
『共・創会談記』
『哀史三陸大津波』
『写真記録近代日本津波誌』
『防災講座津波の心得』
『戦時報道管制下隠された大地震・津波』
『綾里村鮑騒動始末記』
『今村明恒の生涯』
『津波ものがたり』
『星はうつり雲は流れても－東南海大地震秘話』
『家も学校も焼けてしまった』
『写真と絵で見る-明治三陸大津波』
『津波』
『昭和東北大凶作－娘身売りと欠食児童』
『君子未然に防ぐ－地震予知の先駆者・今村明恒の生涯』
『津波の恐怖』
『津波てんでんこ』
『津波と防災』
『近代日本津波誌』
『隠された大震災』
『昭和の欠食児童』

山下文男は、津波災害史研究の分野で重要な足跡を残し、その教訓は後世に語り継がれるべきものです。

もう一度検索