山田宏臣

山田宏臣（やまだひろおみ）

日本の傑出した陸上競技選手（1942年 3月4日生 - 1981年10月21日没）。専門は走幅跳。特に、長らく破られなかった南部忠平の日本記録を更新し、日本人で初めて8メートルの大台を跳び越えた「8mジャンパー」として、その名を歴史に刻んでいます。オリンピックには1964年の東京大会と1968年のメキシコシティー大会の二度出場しました。宝塚歌劇団の48期生である薫邦子氏が妻です。

生い立ちと競技との出会い

愛媛県松山市で生を受けた山田は、父親が戦地から帰還するまでの間、母や祖母、伯母によって育てられました。幼少期は特に祖母に懐いていたといいます。父親は戦後復員し、電電公社（現NTT）に勤務しました。教育熱心な母親からは厳しい躾を受けますが、本人は勉強よりも活発な性格でした。松山市立道後小学校時代、学級対抗リレーを通じてその俊足ぶりが注目され、市の代表メンバーとして出場した国民体育大会の閉会式リレーでは優勝を経験。この時のチームメイトには、後に東京オリンピックでボクシング日本代表となる丸山忠行氏がいました。

中学で東京に転居しますが、この時期は特に部活動に熱心ではありませんでした。しかし、聖学院高等学校への入学後、自己紹介での一言がきっかけで陸上部に入部することになります。当初は中距離や走高跳に取り組んでいましたが、本格的な練習には身が入らず、周囲からは「サボりの山田」などと呼ばれることもありました。高校2年生で走高跳の記録を伸ばしつつあった頃、同学年の選手の高校新記録を目の当たりにして衝撃を受け、より競技に真剣に向き合うようになります。

大学時代と走幅跳への転向

大学でも陸上競技を続けることを志し、順天堂大学体育学部へ進学します。陸上部では、当初は走高跳の選手として指導を受けましたが、最新技術であるベリーロールの習得には苦戦します。大学3年生になり、練習への取り組み方が変わると、愛知学芸大学との合同練習中に偶然挑戦した走幅跳で驚異的な記録を非公式ながら連発し、その才能が見出されます。指導者たちの話し合いにより、大学4年生でキャプテンに指名された山田は、正式に走幅跳に転向。初めての公式戦で優勝を飾ると、その後の大会でも記録を伸ばし、ベルリンオリンピック走高跳入賞者である朝隈善郎氏の指導を受ける機会を得ます。朝隈氏は山田のポテンシャルに惚れ込み、「8mを跳べる選手」と確信。山田は朝隈氏のいる京都へ頻繁に通い、知恩院の石段を使った独自の厳しいトレーニングを重ね、翌年の東京オリンピック候補選手に名乗りを上げました。

オリンピック出場と8mへの挑戦

大学卒業後、陸上競技に理解のある東京急行電鉄に入社。陸上競技を優先できる環境で、各地での競技会出場と京都での朝隈氏の指導を続ける日々を送ります。1964年、地元開催の東京オリンピックに出場。決勝に進出するも、7m16の記録で惜しくも入賞は逃しました。

東京オリンピック後、更なるレベルアップを目指し、東急の五島昇社長の計らいでアメリカへ留学。サンノゼ州立大学でコーチの指導を受けますが、語学や生活面での苦労も経験します。帰国後、1966年のアジア競技大会では走幅跳で優勝、十種競技でも3位に入賞する活躍を見せました。1968年、メキシコシティーオリンピックに二大会連続で出場。8メートル突破を懸けて臨んだ決勝では、惜しくも記録なし試技に終わるなど運にも見放され、最高記録は自己ベストとなる7m93に留まり、10位という結果に終わりました。

悲願の8メートル突破

メキシコ五輪後、一度は引退を考えた山田でしたが、朝隈氏の熱心な説得により現役を続行。しかし、その後は記録が伸び悩み、朝隈氏の指導法に対する批判的な声も聞かれるようになります。迎えた1970年、日本選手権では優勝を逃すなど不調気味でしたが、その8日後に出場した実業団・学生対抗陸上競技大会で、ついに歴史を動かします。6回目の最後の跳躍で8m01を記録。これは、1931年に南部忠平氏が樹立して以来、39年間も破られることのなかった日本記録（7m98）を更新する快挙であり、同時に日本人として初めて8メートルの壁を破る瞬間でした。この偉業達成の知らせを受けた朝隈氏は、電話口で山田とともに感涙にむせんだといいます。地元からは、その栄誉を称え、記録を樹立した競技場の踏切板が記念に贈呈されました。

競技からの引退、そして早すぎる死

長年の目標であった8メートルを達成した山田でしたが、その後は気力が衰えたためか、記録は低迷。怪我もあり、1972年のミュンヘンオリンピック代表選考から漏れたことを機に、現役引退を決意します。引退試合となった実業団・学生対抗大会では7m67を跳んで優勝し、有終の美を飾りました。

現役引退から間もなく、交友のあった人々のお膳立てで見合いをした宝塚歌劇団の薫邦子氏と結婚。第二の人生として、未経験であったホテル業界へ転身します。東急ホテルズ・インターナショナルに出向し、グアムなど海外での勤務を経て、ホテルセールス部門で手腕を発揮しました。また、NHKの番組に出演するなど、多方面で活躍しました。

ホテルマンとして総支配人となることを目標とした山田は、1981年7月に韓国・慶州にある東急ホテルの総支配人に就任。韓国滞在中、翌年のソウルオリンピックを控えた韓国陸上界から協力を求められるなど、再び陸上競技との関わりも生まれていました。しかし、同年10月19日に脳血栓で倒れ入院。そのわずか2日後の10月21日、39歳の若さで帰らぬ人となりました。

短い生涯ながらも、日本の陸上界に確かな足跡を残した山田宏臣氏の功績は、今も多くの人々に記憶されています。母校を運営する学校法人聖学院は、その栄誉を称え、聖学院大学キャンパス内に「山田宏臣記念陸上競技場」を建設しました。

主な著書に、自身の競技生活を綴った『スポーツ馬鹿地獄へのジャンプー「8m」』（講談社）があります。

また、彼の生涯は2005年のNHKのテレビ番組で取り上げられ、俳優の照英氏によって演じられました。

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