山部王

山部王：壬申の乱と謎の死

山部王は、飛鳥時代の皇族です。その出自は不明な点が多く、詳細な系譜はわかっていません。しかし、672年、日本を揺るがす大事件である壬申の乱において、重要な役割を担った人物として歴史に名を刻んでいます。

壬申の乱は、大海人皇子（後の天武天皇）と大友皇子の間で起こった、皇位継承を巡る激しい内乱でした。山部王は大友皇子方の武将として、その軍勢に加わりました。乱の際には、大友皇子軍は近江国に拠点を置いていました。一方、大海人皇子は美濃国に本営を構え、反撃の機会を伺っていました。

山部王は、大友皇子軍の中でも重要な指揮官の一人でした。蘇我果安、巨勢比等らと共に、琵琶湖東岸から不破への進軍を指揮しました。しかし、犬上川のほとりで、信じられない出来事が起こります。味方であったはずの蘇我果安と巨勢比等によって、山部王は殺害されたのです。

『日本書紀』には、この殺害に関する具体的な動機は記されていません。しかし、この事件によって大友皇子軍は大きな混乱に陥り、進軍は停止。蘇我果安は自害に追い込まれました。山部王の死は、大友皇子軍の敗北に大きく影響を与えたと推測されます。事件は7月2日、またはその前後に行われたと考えられています。

興味深いのは、山部王の名が、壬申の乱における別の出来事にも関わっている点です。大海人皇子の皇子である大津皇子は、父の挙兵を知ると、家臣らと共に近江宮から脱出を試みました。鈴鹿関で、関守は脱出中の大津皇子一行を山部王と石川王と誤認しました。

この誤認の理由は明確ではありません。『日本書紀』では触れられていません。しかし、いくつかの推測が可能です。例えば、大津皇子は幼少だったため、身分を隠す必要があり、従者が山部王らの名を騙った可能性があります。もしそうであれば、山部王と石川王は、どちらの陣営にも属さない、どちらつかずの立場の人物だったと言えるかもしれません。あるいは、事前に大海人皇子と内通しており、脱出の機会を逃したという可能性も考えられます。

伴信友による説では、関司の報告は誤報ではなく、山部王が実際には大津皇子と共に鈴鹿関に現れ、何らかの事情で近江へと引き返したと推測しています。この説に従えば、山部王は、実は大海人皇子側に加勢しようとしていたために殺害されたのかもしれません。

山部王の生涯は、謎に満ちたまま歴史の闇に葬られました。史料が断片的であることから、その実像を完全に解き明かすことは困難です。しかし、壬申の乱における彼の存在と、その突然の死は、この激動の時代の複雑さと、権力闘争の残酷さを改めて私たちに突きつけます。今後の研究により、山部王の生涯、そして死の真相がより深く解明されることを期待したいものです。

参考文献

『日本書紀』（五）（岩波文庫、1995年）
宇治谷孟訳『日本書紀（下）』（講談社学術文庫、1988年）
* 坂本太郎・平野邦雄監修『日本古代氏族人名辞典』（吉川弘文館、1990年）673頁

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