岡崎えん

岡崎えんは、明治26年（1893年）7月10日に東京で生まれ、昭和38年（1963年）11月26日に70歳でその生涯を閉じました。彼女は、俳人として、また銀座の酒場「おかざき」の元女将として知られています。本名はゑ以（えい）といい、艶栄、つやえ、艶（えん）などの別名も持っていました。父親は明治政府の元勲である伯爵・大木喬任で、母親は三十間堀の船宿「寿々本」の芸妓・岡崎かめでした。大木は60歳を過ぎてから生まれた娘であり、当時の大木の女性関係の盛んさを物語る存在でもありました。

幼少期から雙葉女学校に通いながら、母親の船宿を手伝っていたえんは、大正時代半ば頃から同人誌『文明』に寄稿を始め、文才を現します。関東大震災後、西銀座裏に和風酒場「おかざき」を開店すると、その店には永井荷風、井伏鱒二、泉鏡花、石川淳、堀口大学など、多くの文人たちが集いました。昭和初期には、常連客であった久保田万太郎らが刊行していた雑誌『春泥』にも、しばしば俳句を投稿しています。永井荷風の『断腸亭日乗』には、「お艶」という名で彼女が登場し、戦時中の物資不足の際に荷風を助けたことが記されています。しかし、同時に、ヒステリックな女性として描かれるなど、複雑な関係性が見て取れます。

第二次世界大戦後、えんは住む場所を転々とし、新橋の小唄の師匠宅や木挽町の茶道教師宅、富士見町の芸妓屋などで女中として働きます。しかし、その気位の高さと潔癖症な性格から、なかなか長続きしませんでした。その後、知人の好意で麹町半蔵門近くの家で家政婦として働きますが、1952年に喀血して入院、1955年からは生活保護を受けることとなり、小岩の老人ホーム「長安寮」に入居しました。そして、1963年11月26日、同室の老女たちのために菓子を買おうと、自分の帯を質に入れに行った帰りに、京成線の無人踏切で列車にはねられ、70歳で悲劇的な最期を遂げました。

この事故を報じる記事を目にした吉屋信子は、被害者が俳人であることを知り、その波乱に満ちた生涯に深く興味を持ちます。吉屋は、えんの足跡を追い、『岡崎えん女の一生』を執筆し、彼女の数奇な人生を広く世に知らしめました。岡崎えんは、その俳句と、困難に立ち向かいながらも生き抜いた姿を通して、多くの人々に感動を与え続けています。

彼女の残した俳句には、以下のようなものがあります。

頬すべる剃刀かろき余寒かな
さびしさを支ふる蚊帳を釣りにけり
* 手さぐりに降りる梯子の寒さかな

これらの句からは、彼女の繊細な感性と、人生の様々な局面で感じたであろう孤独や厳しさが伝わってきます。岡崎えんの生涯は、単なる俳人の物語にとどまらず、時代の流れの中で懸命に生きた一人の女性の記録として、今もなお私たちの心に深く響きます。

もう一度検索