巌窟ホテル

岩窟ホテル：農夫が掘り続けた異形の建築

埼玉県比企郡吉見町に位置する岩窟ホテルは、切り立った崖に掘られた人工の洞窟です。正式名称を「巌窟ホテル・高壮館」といい、かつては近隣の吉見百穴と並び称される観光地でしたが、現在は閉鎖されています。この特異な建築物は、明治時代後期から大正時代にかけて、一人の農夫、高橋峰吉によって、21年の歳月をかけて掘り続けられました。

誕生の背景

岩窟ホテルは、当初からホテルとして建設されたわけではありません。峰吉は、「何等功利上の目的はなく、唯純粋な芸術的な創造慾の満足と、建築の最も合理的にして完全なる範を永く後世の人士に垂れんが為」という動機のもと、独力で岩窟を掘り進めました。その過程で、「岩窟掘ってる」が訛って「岩窟ホテル」と呼ばれるようになったとされています。この岩窟ホテルは、農民による新しい住居空間の提案であり、アウトサイダー・アートとしても評価されています。

建設の歴史

1858年に生まれた峰吉は、子供の頃の経験から、穴を掘って酒蔵を作ることを思いつきました。明治時代に入ると、西洋の文化や技術に強い憧れを抱き、寺子屋で読み書きを学んだ程度の教育ながらも、建築関係の書物を読み漁り、独学で知識を習得しました。1904年6月に起工し、同年9月から実作業に入りました。峰吉は、1925年に亡くなるまで、21年間ノミとつるはしを使い、独力で岩窟を掘り続けました。その後、息子の奏次が作業を引き継ぎ、1964年頃まで、2階部分の掘削やペイントの補修作業が行われました。手作業であるため、一日に掘り進められる距離はわずか30cm。当初から3代150年間をかけて建設する計画だったと言われています。

観光地としての隆盛と衰退

大正時代には、岩窟ホテルの噂が広まり、多くの見物客が訪れるようになりました。整理券が発行されるほどの盛況ぶりで、その様子はロンドンタイムズでも報じられました。1927年には堺利彦も訪問しています。しかし、第二次世界大戦末期には、吉見百穴の地下に軍需工場が建設された際、岩窟ホテルもその一部として利用され、軍需工場へと続く通路が新たに掘られました。終戦後、再び観光地として賑わいを取り戻しましたが、1982年と1987年の2度の台風被害による崩落により、閉鎖を余儀なくされました。管理していた奏次も1987年に亡くなり、現在に至るまで再開されていません。

デザインの特徴

峰吉は、岩窟ホテルの正面外観の立面図を描いており、そのデザインは間口20間、三階建ての洋風建築です。建築雑誌「建築新潮」の取材に対し、ロマネスク様式をモチーフにしたと述べています。しかし、建築家の佐藤武夫は、正当なロマネスクではなく、東洋芸術としての民族性を帯びたデザインであると分析しています。岩窟ホテルがある小山は、もろい凝灰岩で形成されており、棚や花瓶といった調度品も全て、岩を削り出して作られています。細かい装飾は崩れやすいため、壁面は白くペイントした上から、黒や灰色で模様を描くことで装飾しています。

アクセス

東武東上線東松山駅から川越観光バス鴻巣免許センター行きに乗り、5分の「百穴入口」で下車し、徒歩2分で到着します。

参考文献

堺利彦 (1928). “奇人高橋峰吉翁”. 当てなし行脚. 改造社. pp. 32-34.
村上健司 (2001). “三章 奇想ホテル、岩窟ホテルを探検する”. 日本怪奇幻想紀行. 六之巻 奇っ怪建築見聞. 同朋舎. pp. 61-84.
中野純 (2009). “4 岩窟ホテル セルフディグの名作”. 東京洞窟厳選100. 講談社. pp. 47-49.
富田昭次 (2013). “第1話 岩窟ホテルの謎と意外な真相”. ホテル百物語. 青弓社. pp. 17-21.
吉見町役場 (2011年). “吉見見聞録”. 吉見町役場公式サイト.

外部リンク

巌窟ホテル - 唐崎計画設計工房
* 吉見百穴に隣接する遺構「巌窟ホテル・高壮館」 - 新日本DEEP案内

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