川原慶賀

川原慶賀（かわはら けいが、1786年 - 1860年以降）は、江戸時代後期の長崎で活躍した絵師です。本名を種美、通称を登与助といい、慶賀は号です。別号に聴月楼主人があります。後に田口姓を名乗りました。息子の川原盧谷も父に師事し、洋風画を描きました。

生涯

慶賀は長崎の今下町（現在の長崎市築町）で、町絵師の父・川原香山の元に生まれました。文化8年（1811年）頃、当時長崎で第一人者とされていた絵師、石崎融思に師事し、才能を開花させます。その後、出島オランダ商館への出入りを許され、文化14年（1817年）には、来日したブロムホフの家族肖像画などを手がけました。また、長崎の風俗や風景、出島の商館員たちの生活を描き、異国情緒と日本の浮世絵の技法を融合させた独自の画風を確立しました。

文政6年（1823年）には、商館付医師として来日したシーボルトの依頼で、日本の動植物の写生図を精緻に描き始めました。これらの図は、シーボルトの著書『日本』の挿絵として使用されました。文政8年（1825年）には、ジャワ島バタヴィアからオランダ人画家デ・フィレーネフェを招聘し、洋風画の技法を学びました。文政9年（1826年）には、シーボルトの江戸参府に同行し、道中の風景や風俗、人物画なども描いています。

これらの絵画に使用された紙や顔料、そして慶賀に支払われた報酬はオランダ政府から提供されました。制作された絵図のほとんどはオランダに送られました。しかし、文政11年（1828年）のシーボルト事件では、多くの絵図を提供したことが問題視され、慶賀も長崎奉行所で取り調べを受け、叱責されました。シーボルト追放後には、シーボルトを慕う人々によって、慶賀が下絵を描いた楠本滝と楠本イネの肖像画が螺鈿細工で施された嗅ぎ煙草入れが送られました。

その後、慶賀はシーボルトの後任となったハインリヒ・ビュルゲルの指示を受け、同様の動植物画や写生図を制作しました。天保7年（1836年）には植物図譜『慶賀写真草』を著しています。しかし、天保13年（1842年）には、長崎港図に鍋島氏（佐賀藩）と細川氏（熊本藩）の家紋を描き入れたことが国家機密漏洩と見なされ、再び捕えられ、江戸と長崎からの追放処分を受けました。

弘化3年（1846年）頃に長崎に戻ったとされ、長崎を追放された慶賀は、長崎半島南端の脇岬（現在の長崎市脇岬町）に身を寄せました。脇岬観音寺に残る天井絵150枚のうち、5枚には慶賀の落款があり、50枚ほどが彼の作品だと考えられています。この頃から別姓の「田口」を使い始めました。

その後の消息はほとんど不明で、正確な没年や墓もわかっていません。しかし、嘉永6年（1853年）に来航したプチャーチンの肖像画が残っていること、出島の日常風景を描いた唐蘭館図は開国後に描かれたこと、そして万延元年（1860年）に描かれたと推定される落款のある絵が残っていることから、少なくとも75歳までは生きていたと考えられています。

作品

慶賀の代表作には、「ブロムホフ家族図」、「長崎出島館内之図」、「唐館・蘭館絵巻」、「蘭人酒宴図・蘭人絵画鑑賞図」、「シーボルト手術図」、「長崎野母崎町観音寺天井絵」、「夏目清談図」、「永島きく像」などがあります。これらの作品は、伝統的な日本画の技法に西洋画の写実的な表現を取り入れた点が特徴です。

特に、動植物の写生図は、シーボルトの指導も受け、精密に描かれています。これらの図は、シーボルトの著書『日本動物誌』などに利用され、日本の生物学の発展にも貢献しました。慶賀の描いた動植物図の多くはオランダに送られ、ヨーロッパ各地に分散していますが、その数は6000から7000点にも及ぶとされています。現在、日本国内には約100点ほどの作品が残っています。

また、長崎の風俗画や風景画、肖像画も数多く残されており、「唐蘭館図」は国の重要美術品に認定されています。その他、「シーボルト肖像画」や「出島図」などが代表作として挙げられます。

慶賀は、日本と西洋の文化が交錯する長崎で、独自の画風を確立し、日本の美術史、博物学に大きな足跡を残しました。彼の作品は、今もなお、多くの人々を魅了し続けています。

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