川口弘

川口 弘

（かわぐち ひろし、1914年5月3日 - 1998年7月11日）は、日本の著名な経済学者であり、中央大学の名誉教授および元学長を務めた人物です。その専門は、ジョン・メイナード・ケインズが提唱したケインズ経済学、特にその中心理論である『一般理論』の解釈と、金融論にありました。

インドのカルカッタ（現在のコルカタ）で1914年に生まれた川口は、1934年に巣鴨高等商業学校（現在の千葉商科大学）に進学し、その後1941年に中央大学商学部を卒業しました。戦後、1946年から中央大学経済学部で非常勤講師として教鞭を執り始め、1950年には立正大学経済学部の助教授、1954年には同教授に昇任しました。1961年には母校である中央大学経済学部の教授に戻り、長年にわたり教育・研究活動に従事しました。学術的な業績としては、1962年に東京大学から、著書『ケインズ経済学研究』によって経済学博士の学位を取得しています。

川口弘の学説は、ケインズ経済学、とりわけ『一般理論』の緻密な解釈において高く評価されています。当時の有力なケインズ『一般理論』の解説書であった伊東光晴・宮崎義一両氏による『コンメンタール一般理論』に対しても、独自の視点から批判を展開するなど、活発な議論を行いました（中央大学経済学会『経済学論纂 川口弘教授古希記念論文集』にその詳細が見られます）。また、日本経済評論社から刊行されたポストケインジアン叢書第1期にも深く関与し、自身も翻訳を手がけるとともに、当時所属していた中央大学の経済学部や商学部の教員を中心に翻訳作業が進められました。彼の学問的なスタンスは、学説史的に見てイギリス・ケインジアンの立場に近いとされています。代表的な著作である『ケインズ経済学研究』は、早坂忠、根岸隆、福岡正夫といった当時の著名な経済学者からも高い評価を受けました。興味深いエピソードとして、同書は日本銀行内の勉強会で作成したレジュメを基にまとめられたものです。また、この著作や『ケインズ一般理論の基礎』では、現代経済学で一般的に使用されるIS-LM曲線を、意図的かどうかは不明ながらSI-ML曲線と表記している点も特徴的です。ケインズ経済学を専門とする一方で、マルクス経済学に対しても理解を示しており、幅広い視野を持っていたことがうかがえます。

川口弘の業績の中で特筆すべきは、1966年に金融制度調査会で行われた金融効率化論議の中で提案された「川口試案」です。当時、競争原理の導入を掲げ、協同組織である信用金庫を株式会社へ改変し、大銀行への合併統合を目指す「滝口試案」（滝口吉亮政府委員）や、同様に会員組織を否定する「末松試案」（名古屋大学の末松玄六教授）が示されていました。これに対し川口は、19世紀イギリスの協同組合運動に起源を持つ信用金庫の、株主利益を目的とする株式会社とは異なる会員組織性を維持することの重要性を主張し、「川口試案」として提示しました。この試案は、城南信用金庫理事長であり全国信用金庫協会会長も務めた小原鐵五郎氏の強い支持を得て、金融制度調査会で精力的に議論されました。最終的には、末松教授も川口試案に賛同の意を示し、滝口試案は廃案となりました。こうして川口試案が信用金庫制度存続の基本的な枠組みとなり、その後の「中小企業金融制度の整備改善のための相互銀行法、信用金庫法等の一部を改正する法律」および「金融機関の合併及び転換に関する法律」という、いわゆる「金融二法」の制定に大きな影響を与えました。これは、金融機関の協同組織としての特性を守る上で極めて重要な貢献でした。

学長事務取扱を経て、1981年からは中央大学の学長を務め、大学運営にも貢献しました。1985年に中央大学を定年退職し、名誉教授となりました。彼の代表作である『ケインズ経済学研究』は、1953年に出版された後、彼の死後である1999年に遺族の了承のもと、補訂を加えて日本経済評論社から復刊されています。

1998年7月11日、急性気管支炎のため京都にて逝去しました。

主な著書として以下のものがあります。

『ケインズ一般理論入門』（1950年、日本銀行行学会）
『ケインズ経済学研究』（1953年、中大出版会）
『金融論』(経済学全集)（1966年、筑摩書房）
『ケインズ一般理論の基礎』（1971年、有斐閣）
『ケインズ一般理論の基礎』(新版)（1977年、有斐閣）
『ケインズ経済学研究』（1999年、日本経済評論社）

これらの著作は、彼のケインズ経済学および金融論における深い知見を示すものです。

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