川嶋至

川嶋至（かわしま いたる、1935年2月15日 - 2001年7月2日）は、北海道札幌市出身の文芸評論家です。北海道大学文学部国文科を卒業後、同大学院博士課程を修了。日本近代文学を専門とし、『位置』同人として活動を始めました。その後、岩手大学講師、東京工業大学助教授、教授を歴任しました。

川端康成研究家としての業績

川嶋は、川端康成の研究者として広く知られています。特に、川端の初期の恋人である伊藤初代に着目した研究は、文学界に大きな影響を与えました。大学院在学中の1961年に発表した評論「『伊豆の踊子』を彩る女性」で、早くも伊藤初代の存在を指摘していましたが、当時はほとんど注目されませんでした。その後、1967年に「原体験の意味するもの―『伊豆の踊子』を手がかりに―」として『群像』に発表したことで、伊藤初代の存在が広く知られるようになりました。この評論は、川端文学における女性像の源流を探る上で重要な一歩となり、川嶋は同年、『川端康成の世界』を出版しました。彼は、様々な川端作品に初代の影を指摘し、その影響を詳細に分析しました。また、初代の「幻影」が、カジノ・フォーリーの踊り子・梅園龍子や、養女の黒田政子へと引き継がれていったという仮説を提示するなど、その研究は多岐にわたりました。

川嶋の研究は、川端作品の新たな解釈を提示する上で重要な役割を果たしました。例えば、川端の私小説『非常』と代表作『伊豆の踊子』に登場する受験生の少年の類似性を指摘し、川端自身を驚かせました。川端は、自身の作品における偶然の一致に驚愕し、「人生の『非常』の時に、二度、偶然の乗合客の受験生が、私をいたはつてくれたのは、いつたいどういふことなのだらうか」と述懐しました。このエピソードからも、川嶋の鋭い観察眼と、作品の本質を捉える洞察力が窺えます。

文壇との対立

川嶋は、文学界の権威にも臆することなく、批判的な姿勢を貫きました。1974年に発表した「事実は復讐する」では、安岡章太郎の作品が事実を捻じ曲げていると批判し、文壇から「パージ」されるきっかけとなりました。この一件は、文壇の権力構造と、それに対する川嶋の抵抗を示す象徴的な出来事でした。その後、江藤淳の推薦で東京工業大学の助教授に就任し、研究活動を続けました。井口時男の著書によれば、川嶋の死後、文芸雑誌には追悼文が掲載されず、文壇が彼を抹殺したとされています。

また、川端康成の死後、耕治人が発表した私小説を巡り、川端が土地を騙し取ったという疑惑を指摘したことも、文壇からの孤立を深める一因となりました。この件については、武田勝彦が賃貸契約書を示して反論し、川端の冤罪は晴らされました。しかし、この事件以降、川嶋は文芸誌からほぼ姿を消すことになりました。

著書

川嶋は、その生涯で多数の著作を発表しました。主な著書には、『川端康成の世界』、『美神の反逆』、『文学の虚実――事実は復讐する』などがあります。これらの著作を通して、川端文学の深層を解き明かし、文学における事実と虚構の問題を追究しました。

まとめ

川嶋至は、川端康成研究の第一人者として、その文学作品における女性像の源流を探求し、新たな解釈を提示しました。また、文壇の権威に屈することなく、文学における事実と虚構の問題を追究し続けた、孤高の文芸評論家でした。その業績は、今なお多くの研究者に影響を与え続けています。

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