川部酒麻呂

川部酒麻呂（かわべ の さかまろ）は、奈良時代に生きた人物であり、その詳しい生没年は不明です。姓を持たず、官位は外従五位下、そして松浦郡の員外主帳を務めました。彼の名は、肥前国松浦郡（現在の佐賀県、長崎県の一部）という地で歴史に刻まれました。

天平勝宝4年（752年）、酒麻呂は遣唐使の一員として、第四船の舵取りという重要な役割を担い、唐へと渡りました。当時の遣唐使船は、日本と唐を結ぶ重要な交通手段であり、その航海は危険と隣り合わせでした。彼は、その船の航行を左右する舵取りとして、高度な技術と責任感を求められました。

2年後の天平勝宝6年（754年）、酒麻呂は帰国の途につきます。その航海中、海上は強い順風に恵まれ、船は順調に進んでいました。しかし、その時、突然の災難が彼らを襲います。船尾から出火し、瞬く間に火は艫（とも）へと燃え広がったのです。この危機的状況の中、酒麻呂は冷静さを失わず、果敢な行動に出ます。

彼は、燃え盛る炎を目の前にしながら、迷うことなく舵を取りました。彼は、船首を風上に向けることで、火の勢いを弱めようと試みました。火はすぐ傍にまで迫り、彼の手に燃え移り、皮膚を焼き爛れさせましたが、彼は決して舵を離そうとしませんでした。その結果、乗組員たちの命と積荷は守られ、火は消し止められました。

この命がけの勇敢な行動は、朝廷に報告され、酒麻呂は十階の昇叙という異例の恩賞を受けました。また、彼は松浦郡の員外主帳という役職にも任じられ、その功績が称えられました。さらに、宝亀6年（775年）には、外従五位下という官位を授けられ、その功績はさらに高められました。

川部酒麻呂の物語は、当時の遣唐使の危険な航海と、その中で示された一人の男の勇気と責任感を伝えています。彼の行動は、ただ単に船を救っただけでなく、危機に直面したときにどのように行動すべきかという教訓を、後世の人々に伝えていると言えるでしょう。

この物語は、宇治谷孟氏の著書『続日本紀（中）』（講談社学術文庫、1995年）に詳しく記載されています。この書籍は、奈良時代の歴史を研究する上で重要な資料であり、酒麻呂の物語も、その中にしっかりと記録されています。

川部酒麻呂は、その名前が歴史書にわずかに残る程度の人物ですが、その勇気ある行動は、後世に語り継がれるべきものでしょう。彼は、ただの官吏ではなく、困難に立ち向かい、多くの命を救った英雄として、私たちの記憶に刻まれるべき人物です。

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