巡礼長官

巡礼長官の役割と歴史

イスラームの巡礼、ハッジは、1400年以上にわたり行われてきた壮大な儀式です。その過程で、巡礼長官という特別な役職が誕生し、イスラーム社会の中で重要な役割を果たしてきました。

巡礼長官とは

巡礼長官（じゅんれいちょうかん）とは、ハッジ巡礼のキャラバンを取りまとめる責任者として、イスラームの政権から任命される地位です。この職務は、7世紀から20世紀にわたって存在し、その役割は時代とともに変化してきました。具体的には、アラビア語では「アミール＝ル＝ハッジ」と呼ばれ、キャラバンの安全を確保し、巡礼者に必要な物資を提供するという重要な責務を担っていました。

任務と重要性

巡礼長官の主な任務は、巡礼者がメッカとメディーナへ向かう道中の安全を確保することです。沿道では、遊牧民ベドウィンによる略奪が常に脅威となっており、巡礼長官は警護部隊を組織し、交渉によって買収を行うことも必要でした。さらに、飲料水や食糧の調達、交通手段のラクダの確保も行いました。

Philippによれば、巡礼長官は大きな政治的影響力を持ち、その職務の重要性はムスリムの社会においては非常に高いものでした。ハッジ巡礼はイスラーム教徒にとっての大切な義務であり、その実施が政権の権威に直結するため、巡礼長官の成功が政権の一つの評価基準となりました。特にオスマン帝国時代には、巡礼長官の役職の重要性は強調されましたが、その地位をめぐる不正や権力の乱用も問題とされました。

歴史的背景

巡礼長官の最初の記録は、預言者ムハンマドの生存中にさかのぼります。ヒジュラ暦9年には、アブー・バクルがキャラバンを率いてメッカに向かったとされています。その後、アッバース朝時代には、ダマスクスやフスタート（後のカイロ）を起点とするキャラバンの運営が確立され、巡礼長官の役職が設けられました。この時期から、多くの巡礼者が安全に聖地に到達できるよう、政権が支援を行ってきたのです。

アッバース朝は、ハッジ巡礼が持つ象徴的な重要性を重視し、最初の100年間の巡礼団にはアッバース家の人物が多く任命されました。重要な巡礼のアミールという役職は、ファーティマ朝やセルジューク朝、アイユーブ朝の時代でも継承され、各政権がこの伝統を維持し続けました。

オスマン帝国と巡礼長官

1517年にオスマン帝国はエジプトを支配下に置き、巡礼長官職も引き継がれました。この時期の巡礼長官には多くのマムルーク騎士が任命され、キャラバンはダマスクスやカイロから出発するようになりました。特に、ワーリーや高官が巡礼长官を務めることが多く、定期的に任命されていました。1798年にオスマン帝国がエジプトのスルターンの権限を喪失すると、巡礼の重要性が再評価され、役職の地位も変わりました。

時間が経つにつれ、シリアやエジプトの巡礼長官は名誉職に移行し、ダマスクスの名士がその役職につくことが増加しました。20世紀の初めにオスマン帝国が崩壊すると、この職はさらに退化し、エジプトの王政が変わる中でその役割は低下していきました。

結論

巡礼長官の役割は、イスラーム社会におけるハッジ巡礼の安全保障と調整を担ってきました。その背景には、多様な歴史的な変遷や社会的な動きがあり、その重要性は時代と共に変化してきました。現代においても、その歴史はイスラームの巡礼の重要性を物語るものとして、教訓を残しています。

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