巫蠱の禍

巫蠱の禍（ふこのか）

巫蠱の禍は、前漢の武帝の時代に発生した、呪詛（じゅそ）を巡る大事件です。征和2年（紀元前91年）に発覚し、都の長安を揺るがし、皇太子・劉拠（りゅうきょ）が兵を挙げる事態へと発展しました。「巫蠱の獄（ふこのごく）」、「巫蠱の乱（ふこのらん）」とも呼ばれます。

社会矛盾の噴出

徐衛民と劉江偉は、この事件を前漢中期に拡大していた社会の矛盾が噴出したものと見ています。武帝時代の政治に大きな影響を与えたと考えられています。

呂思勉は、事件の記述に「胡巫（こぶ）」が登場することから、巫蠱は中国固有のものではなく、匈奴などの外国から伝来した可能性を指摘しています。匈奴には、敵軍の通り道に牛や羊を埋めて呪詛する習慣があったとされ、事件で行われた偶人（人形）を地中に埋める手法との関連性が考えられます。

事件の経過

異変の兆し

征和元年（紀元前92年）夏、武帝が建章宮にいた際、帯剣した男が中竜華門に入る事件が発生。男は捕縛を逃れ、武帝は門候を処刑しました。同年冬には、上林苑で大規模な捜索が行われ、長安の城門が閉鎖されるなど、不穏な空気が漂い始めました。

公孫賀の失脚

皇后・衛子夫の姉を妻とする公孫賀は、武帝に重用され丞相にまで上り詰めました。しかし、息子の公孫敬声が軍費を横領した罪で投獄され、事態は急変します。公孫賀は、大侠客として知られる朱安世を捕えることで息子の罪を逃れようとしましたが、朱安世は、公孫敬声が陽石公主と密通し、甘泉宮への道に偶人を埋めて武帝を呪詛していることを告発しました。これにより、公孫賀一族は誅殺されることとなりました。

江充の暗躍

公孫賀の後任として丞相となった劉屈氂も失脚。武帝が甘泉宮で病に臥せると、江充が、武帝の病は巫蠱によるものだと奏上し、巫蠱の摘発を主導します。江充は、胡巫を率いて宮中を捜索し、偶人を捜索し、人々を拷問にかけて自白を強要しました。これにより、多くの人々が巫蠱の罪で誣告され、数万人が命を落とす事態となりました。

皇太子の挙兵

江充の捜索は、皇后宮や太子宮にまで及び、ついに偶人が発見されます。皇太子・劉拠は、江充の陰謀を暴くため、武帝の使者を偽って江充らを捕え、処刑しました。しかし、蘇文が武帝に劉拠の謀反を訴え、武帝は劉拠を討伐することを決意します。劉拠は兵を集め、劉屈氂率いる軍勢と長安で激戦を繰り広げましたが、最終的に敗北し、逃亡を余儀なくされました。

皇太子と皇后の死

逃亡の末、劉拠は自害し、衛皇后も自殺に追い込まれました。劉拠の子や孫も多くが処刑される中、わずかに劉病已（後の宣帝）のみが生き残りました。

事件の影響と後日談

巫蠱の禍は、多くの冤罪を生み、前漢の社会に大きな傷跡を残しました。事件後、武帝は劉拠に謀反の意志がなかったことを悟り、劉拠の名誉回復に努めました。江充の一族は処刑され、劉拠のために宮殿が建てられました。

しかし、事件に関与した者たちも、その後、次々と失脚や死を迎えることとなりました。宣帝が即位し、祖父母や父母の汚名を雪ぎ、改葬を行ったのは、事件から20年近く後のことでした。

巫蠱の禍は、権力闘争と人々の疑心暗鬼が複雑に絡み合った悲劇であり、前漢の歴史に大きな影を落としました。

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