師管区司令部令

師管区司令部令とは

師管区司令部令（しかんくしれいぶれい）は、昭和20年（1945年）2月9日に軍令陸第3号として公布され、同年4月1日に施行された日本陸軍の軍令です。この法令は、それまで効力を持っていた師団司令部令を改題し、一部を改正する形で制定されました。その目的は、太平洋戦争末期の戦況に対応するため、国内の防衛体制および部隊運用を再編成することにありました。

本法令は、新設された師管区司令部と、引き続き存在した近衛師団司令部の組織構造と、それぞれが持つ権限や任務について詳細に定めています。これにより、戦時下における日本国内の地域防衛、兵員動員、訓練などの管区業務を遂行する体制が明確化されました。

改題と制度変更の背景

師管区司令部令は、従前の師団司令部令と比べて、条文の構成自体に大きな変更はありませんでした。改正の主要部分は、使用される用語の変更にあります。具体的には、「師管」が「師管区」に、「師団」が「師管区部隊」に、「師団長」が「師管区司令官」に、「師団司令部」が「師管区司令部」に、「軍司令官」が「軍管区司令官」へと名称が改められました。これらの名称変更は、国内の軍事的な管轄区分や部隊編成の変化を反映したものです。

ただし、この改題は、既存の師団司令部がそのまま名称を変えて師管区司令部になったわけではありません。実際に名称変更の対象となったのは、主に国内で兵員補充や訓練、地域防衛を担っていた「留守師団」でした。この制度変更の核心は、前線で戦闘を指揮する師団長を、国内での煩雑な管区業務（兵員の動員、訓練計画の策定・実施、管区の防衛や緊急時の出動準備など）から切り離し、作戦遂行に専念できる環境を整備することにありました。そのため、これらの管区業務を専門に担当する新たな役職として、師管区司令官が配置されることになったのです。

師管区司令官の位置づけと権限

師管区司令官は、師団長と同様に陸軍中将クラスの将官が任命されましたが、師団長が天皇によって直接任じられる「親補職」であったのに対し、師管区司令官はそのような親補職ではありませんでした。これは、作戦部隊の指揮官である師団長に比べて、師管区司令官の格付けがやや下位と見なされていたことを示しています。

師管区司令官に与えられた権限と任務は、改題前の師団長が国内で担っていた管区業務の範囲とほぼ同じでした。主な内容は以下の通りです。

兵員の動員計画の策定と実施
自己の指揮下にある部隊の錬成（訓練）
担当師管区の防衛計画策定と、有事の際の隷下部隊及び管区内の部隊の指揮・区処
防衛に関する演習の実施と、その際の関連部隊への指揮・区処
地方長官からの要請に基づく兵力（部隊）の使用
防疫上の必要に応じた部隊の移動や、関連部隊への指示・調整
隷下部隊全体の軍紀、風紀、内務、兵器管理、経理、衛生、馬事などに関する統監
師管区内に駐屯する全ての陸軍部隊の軍紀および風紀に関する監督
毎年、自己の担当師管区部隊の状況について上級司令部である軍管区司令官に報告すること

近衛師団長も師管区司令官と同等の権限が付与されましたが、東京には別途東京師管区司令部があり、近衛師団には特定の担当師管区がなかったため、その権限は実質的に皇居の守備（禁闕守護）に関連する部分に限定されました。

上級司令部との関係では、陸軍全体の指揮系統が、作戦指揮を担う方面軍司令部と、国内の管区業務を担う軍管区司令部に分離されたことに伴い、師管区司令官は軍管区司令官の隷下に入ることになりました。ただし、多くの軍管区司令官が対応する方面軍司令官を兼任していたため、この変更が実質的な指揮系統に与える影響は限定的だったとも言えます。

師管区司令官が特定の事項に関して区処（上位者からの指示・命令）を受ける相手も定められていました。全般的な事項は軍管区司令官からでしたが、軍政や人事については陸軍大臣、動員計画については参謀総長、教育については教育総監からも区処を受けることになっていました。

師管区司令部の組織構成

師管区司令部は、師管区司令官を長とし、その任務を補佐するために複数の部が置かれました。基本的な組織構成は、師団司令部令から引き継がれたものです。

主な構成要素は以下の通りです。

参謀部: 作戦や計画立案を担当。
副官部: 司令官の秘書的業務や庶務、儀礼などを担当。
兵務部: 兵員の徴募、服務、人事管理などを担当。ただし、近衛師団司令部には置かれませんでした。
兵器部: 兵器の管理や補給を担当。
経理部: 会計や資材管理を担当。
軍医部: 医療や衛生管理を担当。
獣医部: 軍馬などの獣医務を担当。
* 法務部: 軍法会議や法律に関する事項を担当。

参謀部と副官部を合わせて「幕僚」と呼び、司令官を直接補佐する中枢部門と位置づけられていました。

地域的な特例と終焉

この法令には、一部地域に関する特例規定も存在しました。中国地方の広島師管区と四国地方の善通寺師管区の司令官は、師管区内に駐屯する隷下外部隊に対して、緊急時だけでなく平時においても軍事に関する事項について区処する権限を与えられていました。これは両地域が特に重要視されていたことを示唆しますが、昭和20年6月20日にそれぞれ中国軍管区、四国軍管区へと格上げされた際に、この特例条項は削除されました。

師管区司令部令は、日本の敗戦とともに実質的な役割を終えましたが、形式的な法令としての廃止は少し遅れて行われました。昭和21年（1946年）3月30日に制定・公布された第一復員省達第4号により、翌日の3月31日をもって正式に廃止されました。この法令は、太平洋戦争末期という非常時における日本陸軍の国内体制を定める最後の軍令の一つとして、短期間ながら重要な役割を担いました。

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