式部卿 (イングランド)

イギリスの式部卿：複雑な歴史と継承制度

イギリスの式部卿（Lord Great Chamberlain）は、古くから続く重要な宮廷官職です。国務大官の中でも6位に位置し、王璽尚書の下、大司馬の上に位置づけられています。その職務は、王室行事への参加や、ウェストミンスター宮殿の管理など多岐に渡ります。かつてはウェストミンスター宮殿全体の管理を担っていましたが、1965年の改革以降は君主の住居とウェストミンスター・ホールの管理に限定されています。

華麗なる衣装と象徴的な品々

公式の場では、赤い宮廷制服を着用し、金色の鍵と白い杖を携えます。これらのアイテムは、式部卿の職務を象徴する重要なものです。

複雑な世襲制度と共同継承

式部卿の最も特筆すべき点は、その世襲制度の複雑さです。1780年以降は「属人的」（in gross）とされ、どの時点でも式部卿を務めるのは1人です。しかし、その継承権は複数の人物に分割されており、彼らは「共同世襲式部卿」（Joint Hereditary Lord Great Chamberlain）と呼ばれます。継承権の割合に応じて、職務を執る権利や副式部卿を任命する権利を行使します。例えば、継承権の半分を持つ人物は、君主2人ごとに一度、職務を執るか、または副式部卿を任命することができます。

副式部卿（Deputy Lord Great Chamberlain）は、継承権を持たない人物が式部卿の職務を代行する場合に用いられる称号です。歴史的には、女性が貴族院議員になれなかった時代には、継承権を持つ女性が夫や息子を副式部卿に任命することがありました。1963年の貴族法で女性の貴族院議員資格が認められたことで、この状況は変化しました。

宮内長官との違い

式部卿は、宮内長官（Lord Chamberlain）とは別の官職です。宮内長官は14世紀に式部卿の副官として創設され、王室の家政を管理する役割を担っていました。現代では、両者の職務は明確に区別され、関係性が薄くなっています。

貴族院改革と式部卿

1999年の貴族院法により、世襲貴族は貴族院の議席を自動的に得る権利を失いましたが、式部卿と軍務伯は儀礼上の職務を続ける必要があるため、この法改正の対象外となりました。

歴史：複雑な継承と論争

式部卿の起源は古く、ウィリアム征服王の時代にまで遡ります。初期の式部卿は、オックスフォード伯爵家によって世襲されていましたが、その継承は常に平穏なものではありませんでした。1526年、14代オックスフォード伯爵の死後、継承問題が発生し、一時的に国王が式部卿を任命する事態となりました。その後、オックスフォード伯爵家に世襲権が戻りましたが、18世紀には再び継承権の分割という複雑な問題が勃発。以降も、継承権の分割と再分割が繰り返され、現代まで続いています。

1901年ヴィクトリア女王の崩御後には、継承権を主張する複数の貴族の間で激しい論争が発生しました。貴族院は1780年の裁定を再確認するにとどまり、最終的に決着を見ることはありませんでした。

1965年の改革により、式部卿の権限は制限され、ウェストミンスター宮殿の一部に限定されました。現在に至るまで、この複雑な継承制度は維持されており、現代においても、共同世襲式部卿による職務の分担が行われています。2022年9月、国王代替わり後には7代キャリントン男爵が式部卿に就任しています。

このように、イギリスの式部卿は、その歴史、職務、そして複雑な継承制度において、イギリス王室と貴族社会の深い関わりを示す象徴的な官職です。その複雑な歴史と継承システムは、イギリスの歴史と制度を理解する上で、重要な要素となっています。

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