弦楽セレナーデ (ドヴォルザーク)

弦楽セレナーデ ホ長調 作品22 B.52

アントニン・ドヴォルザーク（1841-1904）が1875年に作曲した、弦楽合奏のためのセレナーデです。ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーやエドワード・エルガーの同名作品と並んで、「三大弦楽セレナーデ」の一つとして挙げられることもあります。

作曲の背景

本作は、ドヴォルザークが33歳であった1875年の5月に、わずか11日間という短期間で集中的に書き上げられました。この頃のドヴォルザークは、作曲家として順調な時期を迎えていました。彼は2年前に初恋の相手の妹と結婚しており、家庭生活は円満でした。さらに、本作の作曲に着手する約2ヶ月前には、ブラームスや音楽評論家エドゥアルト・ハンスリックらが審査員を務めたオーストリア政府の奨学金制度に合格し、当時の年収の倍以上にあたる多額の奨学金を5年間にわたって受給することが決まりました。これにより、経済的な基盤が安定し、作曲に集中できる環境が整ったことが、この作品の明るく幸福感に満ちた性格に影響を与えたと考えられています。

このセレナーデの完成後、ドヴォルザークは間髪入れずにスラヴ的な親しみやすいメロディーが特徴の交響曲第5番の作曲に取りかかり、短期間で完成させています。また、その後の数年間で、オラトリオ『スターバト・マーテル』や、国際的な名声を確立するきっかけとなった『スラヴ舞曲集』作品46など、重要な作品を次々と発表しています。この弦楽セレナーデは、経済的安定を得て、その後の輝かしいキャリアの扉を開いた時期の記念碑的な作品と言えるでしょう。

本作の初演は、作曲の翌年にあたる1876年、プラハ・フィルハーモニー管弦楽団によって行われました。

特徴

このセレナーデの特徴として、終楽章のコーダ（終結部）で第1楽章の主要な旋律が再び現れる点が挙げられます。これはチャイコフスキーの弦楽セレナーデ作品48との共通点ですが、両作品の音楽的な雰囲気は対照的です。チャイコフスキーの作品が、甘く華やかなメロディーと、あたかも宮殿の舞踏会で優雅に踊るかのようなリズムで書かれているのに対し、ドヴォルザークの作品は、より素朴で、どこか哀愁を帯びた味わい深い旋律を持ちます。そのリズムは、爽やかな青空の下で民族衣装を纏って軽快に踊るイメージに例えられることがあります。作品全体からは、親密な感情を表すかのような柔らかな響きや、気取らない明るさ、人懐っこいメロディーが感じられます。

楽曲構成

この作品は以下の5つの楽章で構成されています。終楽章がソナタ形式、あるいはロンド・ソナタ形式に近い構成をとるほかは、すべての楽章がおおよそ三部形式で書かれています。

1. Moderato
ホ長調、4分の4拍子。ヴィオラが一定のリズムを刻む上で、第2ヴァイオリンとチェロが叙情的な主要主題を奏で始めます。第1ヴァイオリンが対旋律を歌う中、第2ヴァイオリンが旋律を受け継ぎ、広い音域を動き回ります。中間部ではト長調に転調し、付点リズムを特徴とする舞曲風の主題が登場します。その後、主要主題が回帰し、ホ長調の主和音で静かに閉じられます。

2. Tempo di valse
揺れ動くようなワルツの旋律で始まる楽章です。主要部は嬰ハ短調。この楽節が繰り返された後、ホ長調に転調し、活気のある第2の楽節が始まります。ここでも付点リズムが特徴的な旋律が現れます。主要部が再現された後、嬰ハ短調の主和音でフォルティッシモで締めくくられます。中間部は嬰ハ長調と同主調の変ニ長調に転調し、新しい主題が展開されます。その後、主要部が再現され、最後はピカルディ終止により、再びフォルティッシモで嬰ハ長調の和音で終止します。

3. Scherzo: Vivace
ヘ長調、4分の2拍子。きわめて快活で活発なスケルツォです。カノン（輪唱）の技法を用いた主題が提示されると、すぐに展開され、様々な雰囲気の中を駆け巡ります。イ長調への転調を含むトリオ（中間部）が続きます。この楽章は、全曲の中で最も一つの主題に焦点を当てた楽章であり、トリオの終わりにもスケルツォ主題が回帰します。その後、スケルツォ主題が再現され、コーダでも主題が現れて力強く閉じられます。

4. Larghetto
イ長調、4分の4拍子。静けさと憧れに満ちた緩やかな楽章です。流れるような旋律と甘美なフレーズは、エネルギッシュな前後の楽章の間で安らぎのひとときをもたらします。この楽章の随所で、第2楽章の主題の一部が回想されるように現れます。

5. Finale: Allegro vivace
ホ長調（冒頭は嬰ヘ短調）、4分の2拍子。弱起で始まる活気あふれるフィナーレです。カノン風の下降音型による導入部に続き、付点リズムを特徴とする第1主題が現れます。次にヴィオラの8分音符の刻みに乗って第2主題が登場。さらに忙しい16分音符の速いパッセージに合わせて、ヴァイオリンとチェロがカノン風に提示し合うロ長調の第3主題が続きます。一度、前の楽章（Larghetto）の憂いを帯びたフレーズが引用され、音楽は静まっていくかに見えます。

しかし、再び導入主題と第1主題が提示されて再現部が始まり、第2主題、第3主題と続きます。第3主題が反復され、シンコペーションのリズムが繰り返された後、第1楽章の主要主題が回想されます。あたかも曲の始まりに戻ったかのように静かに終わるかと思わせますが、「プレスト」（非常に速く）と指示された急速なコーダに入り、導入主題が再び現れます。賑やかな性格を保ったまま、ホ長調の主和音を3度力強く鳴らして、作品全体が締めくくられます。

このセレナーデは、ドヴォルザークの温かい人柄と幸福な感性が反映された、聴く人に安らぎと喜びを与える魅力的な作品です。

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