愛の園 (ルーベンス)

愛の園

『愛の園』（あい の その、蘭: De tuin der liefde, 西: El jardín del Amor, 英: The Garden of Love）は、バロック期フランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1630年から1635年にかけて制作した油彩画です。この作品は、当時の貴族たちが庭園で催した宴（フェテ・シャンペトル）のような社交の場を、神話的な要素を織り交ぜて描いた風俗画であり、ルーベンスが個人的に制作したものです。ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオの影響が色濃く、18世紀フランスの画家アントワーヌ・ヴァトーらの雅宴画の先駆けともなりました。現在はマドリードのプラド美術館に所蔵されています。

作品の特徴

この作品は、愛と喜びにあふれた人生のイメージを、ルーベンスならではの才能で描き出しています。ルーベンスは1626年に最初の妻イザベラ・ブラントを亡くし、1630年に16歳のエレーヌ・フールマンと再婚しました。この絵画には、彼の再婚に対する喜びと、新たな人生への活力が反映されています。

庭園の情景

絵画の中央には、17世紀の流行の衣装を身に着けた貴族の男女が、音楽に耳を傾けたり、ダンスをしたりと、思い思いに楽しんでいます。彼らの豪華な服装は、その富と地位を象徴しています。音楽家のそばには緑のドレスを着た女性が座り、小型犬を抱いています。彼女はおそらく音楽に合わせて歌を歌っており、隣のプットーは楽譜を開いています。画面左側では男女がダンスを踊り、右側では3人の男女が談笑しています。青いドレスを着た女性は、ルーベンスの妻エレーヌの肖像画に酷似しており、他の女性に誘われて、座っている女性の傍らに座ろうとしています。

神話的な要素

画面右奥には噴水があり、イルカに乗った愛と美の女神ヴィーナス像が、庭園の様子を見つめています。ヴィーナス像は、この場面全体の象徴であり、画面全体に愛の概念が満ち溢れていることを示唆しています。噴水からは水が流れ出し、ヴィーナス像の胸からも水が噴き出しています。柱廊の中には、ヴィーナスの侍女である三美神の像があり、そこにも別の貴族たちが集まっています。
画面上部では、愛の象徴であるプットーたちが飛び交い、人々に愛を届けようとしています。プットーたちの中には、鳥の翼を持つ者もいれば、昆虫の翼を持つ者もいます。画面左上には、弓と矢を持つキューピッドと思われるプットーが2人描かれており、愛の力がこの場面に満ち溢れていることを強調しています。

多様な寓意

ルーベンスは、絵画の中に様々な寓意を込め、意味を深めています。例えば、成熟した身体を持つヴィーナス像は、愛が場面全体に浸透していることを暗示し、翼のあるプットーたちは、人々に愛をもたらしています。

ヴィーナス像の隣にいる孔雀は、結婚の女神ユノを象徴し、愛の概念に母性のニュアンスを加えています。ルーベンスは、プットーを彫刻ではなく肉体で描くことで、神話の世界に生命を吹き込んでいます。特に翼の形を様々に描き分けることで、プットーたちに多様性を持たせています。画面左上のキューピッドと思われるプットーの1人は、愛と結合を象徴する2羽の鳩を結び付けた赤いリボンを持っています。鳩は伝統的にヴィーナスと関連付けられています。
画面中央上のプットーは、結婚の神ヒュメナイオスを象徴する松明と花冠を持っています。ルーベンスは、このプットーを画面の中央に配置することで、結婚と愛の重要性を強調しています。

ティツィアーノの影響

ルーベンスは、ティツィアーノの作品を模写し、強い影響を受けています。特に、ティツィアーノの『アンドロス島のバッカス祭』や『ヴィーナスへの奉献』は、本作の祝祭的な雰囲気や官能的な表現に影響を与えています。神話の人物と現実の人物が共存する様子、画面全体を主宰するヴィーナス像、空を飛ぶプットーたち、豊かな自然、官能的な雰囲気、音楽の存在など、多くの点でティツィアーノの絵画との共通点が見られます。

来歴

この絵画は、スペイン国王フェリペ4世の寝室に飾られていました。1666年以降、王宮内の様々な場所に移動し、1734年の火災を免れて、その後、王立美術館（現プラド美術館）に収蔵されました。

ヴァリアント

この作品には、ドレスデン国立美術館とバッキンガムシャー州のワデスドン・マナーにヴァリアントが存在します。ワデスドン・マナーの作品は、ルーベンスの工房で制作された可能性が高く、ルーベンス自身が部分的に手を加えたと考えられています。この作品は、スペインの貴族のコレクションを経て、フランスのロスチャイルド家に渡りました。

影響

この絵画は、フランドルのクリストフェル・イェーガーによって版画で複製されました。

ギャラリー

他のバージョン

関連作品

脚注

参考文献

『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）

外部リンク

プラド美術館公式サイト, ピーテル・パウル・ルーベンス『愛の園』

もう一度検索