成田空港手荷物爆発事件

成田空港手荷物爆発事件は、1985年（昭和60年）6月23日午後に、現在の成田国際空港（当時は新東京国際空港）で発生したテロ事件です。この日、空港の第1ターミナル南ウイングにある手荷物サービスセンターで、カナダのトロント発バンクーバー経由のカナダ太平洋航空3便から、インドのボンベイ行きエア・インディア301便への乗り継ぎ手荷物を仕分ける作業が行われていました。午後3時19分頃、この手荷物の一つに仕掛けられていた爆弾が突如炸裂しました。この爆発により、手荷物を扱っていた作業員2名が死亡し、4名が重傷を負うという痛ましい被害が生じました。この事件は「カナダ太平洋航空機手荷物爆発事件」とも称されます。

この成田での爆発は、単独で発生したものではありませんでした。この事件のわずか1時間弱後の日本時間午後4時15分頃、遠く離れたアイルランド沖の大西洋上空を飛行していたエア・インディア182便が空中分解し、墜落するという、さらに甚大な惨事が発生していたのです。この墜落事故では、搭乗していた乗員乗客329名全員が犠牲となりました。後の徹底的な捜査により、これら二つの事件は、インドの国営航空会社であるエア・インディアを標的とした、同一の犯人グループによる同時多発テロであることが明らかになりました。両事件とも、搭乗しない人物が預けた手荷物に爆発物を隠して送り込むという、計画的な犯行手法が用いられていました。

事件発生当初、日本のメディアや警察内部では、空港建設に反対する三里塚闘争に関わる過激派グループによるテロではないかという見方が一部でありました。しかし、証拠が集まるにつれて、犯行が国際的な背景を持つテロリズムであることが判明します。爆弾を仕掛けた手荷物は、インドからの分離独立国家樹立を目指すシク教過激派のメンバーが預けたものでした。彼は自らは搭乗せず、バンクーバーから東京（成田）経由でインドへ向かうエア・インディア便への乗り継ぎと、バンクーバーからトロント経由でロンドンを経てインドへ向かう別のエア・インディア便への乗り継ぎを予約し、それぞれの便に爆弾を仕掛けた手荷物を託したのです。

成田空港で予定より早く爆発が発生した理由については、犯行グループの関係者による供述などから、爆弾の時限装置の設定ミスが原因であった可能性が高いとされています。具体的には、爆弾がセットされたカナダと日本の間での時差計算、特に当時カナダが実施していたサマータイムが考慮されなかったことによる時間的なずれが生じたと考えられています。もし時間設定が正確に行われていれば、成田での爆発もエア・インディア機が離陸した後に発生し、機体ごと破壊する意図があったと推測されています。

この国際テロ事件の背景には、インド国内におけるシク教徒とヒンドゥー教徒の深刻な対立がありました。特に1980年代は、その緊張が極度に高まっていました。1984年には、インド政府軍がシク教徒の聖地であるアムリトサルにあるハリマンディル・サーヒブ（黄金寺院）を武力制圧する「黄金寺院事件」が発生し、多くのシク教徒から強い反発を招きました。この政府による聖地攻撃に対する報復として、シク教の過激派組織「ババール・カルサ」が今回の航空テロを実行したとされています。彼らは、インド政府の象徴とも見なせるエア・インディアを標的とすることで、自らの主張を国際社会に訴えかけようとしたのです。

成田空港の爆発事件に関与した犯人の一人は、事件から約3年後の1988年2月、イギリスで逮捕されました。その後、彼はカナダに引き渡され、1991年5月10日、カナダの法廷で懲役10年の判決を受けました。しかし、エア・インディア182便爆破事件を含めた一連のテロの首謀者とされる人物の逮捕や裁判は難航し、事件全体の真相解明や関係者全員の処罰には長い年月と国際的な協力が必要となりました。

この事件は、世界の主要空港が国際テロの標的となりうることを示す痛ましい教訓となりました。特に、搭乗者本人と分離された手荷物がもたらす危険性に着目させ、その後の航空保安対策、特に手荷物検査の厳格化に大きな影響を与えました。成田空港手荷物爆発事件とエア・インディア182便爆破事件は、航空機事故の調査を扱うドキュメンタリー番組「メーデー!:航空機事故の真実と真相」でも、同一犯による関連事件として詳しく取り上げられています。番組中、成田空港での再現シーンでは、誤って兵庫県警の規制線が映し出されるというハプニングもありました。この事件は、単なる事故ではなく、国際的な政治的対立が引き起こしたテロリズムが日本の地で現実となった、極めて重要な歴史的事例として記憶されています。

もう一度検索