戸井嘉作

戸井 嘉作

文久2年（1862年）1月25日に甲斐国山梨郡下鍛冶屋村（現在の山梨県甲府市）で生を受けた戸井嘉作は、昭和20年（1945年）4月27日にその生涯を閉じた、日本の近代史における重要な実業家であり政治家でした。父は戸井彦五郎、母はりんでしたが、嘉作がわずか3歳の時に母を病で失い、以後、祖母のツネによって慈しまれ育ちました。

幼少期、嘉作は7歳から村の寺子屋で学び始め、9歳になって初めて設けられた小学校に入学します。13歳で小学校を卒業すると、甲府にあった神道局（後の皇典講習所）で19歳まで修学を続けました。この期間に培われた教養は、後の彼の人生に大きな影響を与えることになります。

青年期に入り、20歳で神奈川県の四等巡査を拝命し、公職のキャリアをスタートさせます。22歳では三浦郡役所の準判任御用掛、24歳からは横須賀戸長役場で勤務するなど、地方行政の実務に触れる機会を得ました。これらの経験は、後に政治家として地域社会や国家の運営に携わる上で貴重な礎となりました。

28歳を迎えた頃、戸井嘉作は公職を辞して実業界へと転身します。横須賀で運送業や薪炭業（燃料となる薪や木炭を扱う事業）を始め、その手腕を発揮しました。実業家としての成功は続き、後に横浜商品倉庫会社の設立に尽力し、これを軌道に乗せます。さらに、複数の銀行や有力企業の重役としても選任されるなど、経済界においても確固たる地位を築き上げました。

実業界での成功を背景に、戸井嘉作は政界へと進出します。1902年からは横浜市会議員として市政に参画し、以後24年もの長きにわたり、横浜市の発展のために尽力しました。市会議員としての活動に加え、横浜市参事会員も務め、都市行政の要職でその能力を発揮しました。

国政においては、1915年に衆議院議員に初当選を果たします。以後、当選回数は通算7回に及び、政界でも重きをなす存在となります。所属政党は立憲民政党で、党内では総務や神奈川県支部長、さらには顧問といった要職を歴任しました。党の運営や政策決定において中心的な役割を担ったのです。

戸井嘉作の政治姿勢や人物像を語る上で欠かせないのが、彼が自由主義思想家として知られる島田三郎に師事していたことです。島田の薫陶を受けた嘉作は、権力や時の権勢におもねることを潔しとせず、常に毅然とした態度を貫きました。その人脈も広く、後の逓信大臣となる小泉又次郎を島田三郎に紹介したのも嘉作であったと言われています。

政治家としての主な功績としては、普通選挙の実現に向けた活動が挙げられます。普選運動における功労者の一人として認識されており、また、立憲民政党内においては、派閥間の調整役や、党の結束を固めるための「楔」としての役割も果たしました。さらに、地方における党の支持基盤開拓にも尽力し、その先駆者としても称されました。

戸井嘉作が掲げた政見綱領には、時代の課題に対する彼の視点が明確に示されています。主な内容は以下の通りです。

中小商工業者の再建・振興
農漁山村地域の活性化
国家防衛力の強化
健全な財政基盤の確立
政治の透明性と公正さの向上
教育制度の根本的な見直しと対策

これらの綱領は、当時の日本の社会経済状況を反映したものであり、嘉作が幅広い層の人々の生活向上と国家の安定を願っていたことを示しています。

個人的な側面では、戸井嘉作は曹洞宗を信仰していました。また、盆栽や旅行を趣味とするなど、多忙な政治活動や実業の傍ら、精神的な豊かさや見聞を広めることにも重きを置いていたようです。神奈川県に在籍し、晩年の住所は神奈川県横浜市中区本牧町でした。

家族構成については、祖父に林九郎次、祖母にツネがおり、父の彦五郎はツネの長男でした。母りんは若くして亡くなりました。妻はマサといい、愛知県出身の酒井仙助の二女です。戸井家には林英作の三男である正治が養子に入り、小澤賢順の妹であるクニを妻としました。正治とクニの間には、三菱商事会社に勤務した長男の敬一、第一銀行に勤務した二男の元八をはじめとする複数の孫が生まれ、さらに曽孫にも恵まれました。このように、戸井嘉作は実業・政治の両面で大きな足跡を残すとともに、大家族を築き、その人生を全うしました。

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