戸坂取水場

広島県広島市東区戸坂に位置する戸坂取水場は、太田川から広範な地域に水を供給する重要な施設群です。この場所が特異なのは、広島県、広島市、呉市の三つの異なる自治体がそれぞれの取水施設を隣接して設けている点にあります。太田川の中流域左岸、河口から約9.4キロメートル遡った地点に位置しており、この周辺の太田川は水量豊かで清らかさも兼ね備え、「名水百選」にも選ばれたエリアの一部となっています。取水場付近の太田川は大きく蛇行しており、近くには安芸大橋などが見られます。交通アクセスとしては、最寄り駅は芸備線戸坂駅です。

この取水場の歴史は、明治時代に建設された大日本帝国海軍の「呉鎮守府水道」に端を発します。軍港として発展した呉の急激な水需要増大に対応するため、市内の既存水源だけでは不足し、より安定した大量の水源として太田川への取水が計画されました。当時の大阪市水道部長であった沢井準一氏の提言に基づき、太田川中流域の戸坂村（当時）が新たな水源地兼浄水場の候補地として選定されました。戸坂は、地理的に空襲リスクが低いと判断されたことや、芸備線を利用した交通の便が良いことが選定の理由となりました。

施設の建設は1941年11月に着工され、水田が広がっていた場所に造られました。建設期間中には太田川の洪水も発生しましたが、1944年3月には呉鎮守府水道の戸坂水源地兼浄水場として完成しました。太平洋戦争末期、広島市への原爆投下時も、戸坂地区は爆心地から比較的離れていたため、取水場施設は壊滅的な被害を免れました。しかし、終戦直後の枕崎台風では地域が浸水被害を受けており、自然災害の影響もありました。

戦後、旧[呉鎮守府]]水道は、呉に駐留したイギリス連邦占領軍]への給水などを経て、1953年に国から[[呉市へと正式に移管されました。この際には、地域の町村で組織された「安芸上水道連合」との共同使用という形が取られました。

高度経済成長期に入り、広島市の人口が急増すると、都市機能の維持・拡大のため新たな水源確保が急務となりました。これに応じるため、広島市水道局は戸坂にある呉市水道施設の隣接地に新たな取水場を建設することを決定しました。1955年の戸坂村の広島市への編入を経て、1956年には安芸上水道連合の権利が広島市に買収され、1958年6月8日、広島市水道局の戸坂取水場が運転を開始しました。

同時期、広島市東部から呉市にかけての臨海工業地帯の発展に伴い、工業用水の需要も大幅に増大しました。この需要に対応するため、県営の取水施設が既存施設のさらに上流側に計画されました。これは「太田川東部工業用水道事業」として進められ、広島県が主体となり、広島市、呉市、江田島市の共同事業として管理が委託されました。施設は1963年に着工され、1969年に全ての工事が完了しました。

こうして戸坂には、県、広島市、呉市の三者による取水施設が隣接して並び立つという特徴的な景観が確立されました。これらの施設から取水された水は、広島市の上水道、沿岸部工業地帯への工業用水、そして江田島や上蒲刈島といった呉市周辺の島々への上水として供給されてきました。なお、太田川からは上流の高瀬堰からも同様に三者が取水しており、そちらの方が戸坂よりも全体の取水量は多いとされています。

かつて呉市水道局の敷地には浄水場施設も存在しましたが、送水管の老朽化や水利権の調整、さらには同地に広島県立盲学校（現在の広島県立広島中央特別支援学校）を誘致する計画が持ち上がったことなど複数の要因により、1986年に浄水場機能は廃止されました。浄水場施設は撤去され、跡地には現在の広島県立広島中央特別支援学校が建設されています。現在、呉市施設は取水機能のみを保持しています。

近年、工業用水の主要な需要者であった日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区が2023年9月末に閉鎖されたことなど、工業用水の使用量が減少が見込まれる状況に加え、施設の老朽化も進んでいることから、呉市上下水道局の戸坂取水場は2024年3月を目途に廃止されることが予定されています。これにより、長らく続いた三者による施設の並立という戸坂取水場の特徴的な景観は、変化を迎えることになります。

以下に、過去の公表データに基づく各施設の取水量など、諸元の一部を示します（2011年広島市水道局公表より）。

県水道: 230,000 m³/日
広島市水道: 132,000 m³/日
呉市水道: 73,000 m³/日
江田島市水道: 10,000 m³/日
* 標高: GL+7.05m（広島市水道局基準）

軍用水道として始まり、戦後の都市や産業の発展に合わせて拡張されてきた戸坂取水場は、近代広島・呉地域の水供給の歴史を体現する存在です。その機能の一部は今後も重要な役割を担い続けますが、歴史ある呉市施設の廃止は、この地の水利用の変遷における一つの節目となります。

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