抗血清

抗血清と血清療法

抗血清とは

抗血清（antiserum）とは、特定の抗原に対して免疫反応を起こした動物やヒトの血液から得られる血清のうち、その抗原に対する抗体を比較的多く含んでいるものを指します。特に、複数の抗体産生細胞に由来する多様な抗体分子群、すなわちポリクローナル抗体を豊富に含んでいます。この抗血清は、病原体や毒素などに対する受動免疫を付与する目的で、古くから医療に用いられてきました。

ポリクローナル抗体

ポリクローナル抗体は、ヒトや動物に特定の抗原を投与することによって体内で産生される、さまざまな種類の抗体分子の集まりです。抗原は一般的に複数の異なる部分（エピトープ）を持っているため、生体はその一つ一つのエピトープに対応する複数の種類の抗体を産生します。これがポリクローナル抗体として認識されます。ポリクローナル抗体を得るためには、ウサギやヤギなどの動物に抗原を免疫し、その動物の血清から抗体を回収するのが一般的な方法です。このようにして得られた抗体は、研究分野ではウェスタンブロッティングや免疫染色といった手法で、特定のタンパク質の存在や位置を検出するために広く利用されています。

血清から回収されることから、抗血清という言葉はポリクローナル抗体を含む製剤とほぼ同義に扱われることも少なくありません。単一のクローンに由来する一種類の抗体のみを指すモノクローナル抗体とは対照的に、ポリクローナル抗体は多様な抗体の集合体であり、自然感染によって体内で生じる抗体も基本的にポリクローナルです。複数の抗原部位を同時に認識できるため、免疫沈降法などでは有利な面もありますが、標的以外の物質に結合してしまう非特異的な反応が起こりやすいという特性も持っています。

血清療法

血清療法（serum therapy）は、毒素や病原体などに対する抗体を含む動物の血清を患者に投与し、病気の治療や予防を行う伝統的な医療手法です。具体的には、例えば馬などの動物に、無毒化または弱毒化した毒素などを注射して免疫反応を起こさせ、その結果として体内に作られた抗体を含む血清を採取します。この血清を病気の患者に投与することで、血清中の抗体が体内で毒素などを中和し、病状の改善を図ります。

身近な例としては、ヘビ（ニホンマムシやハブなど）に咬まれた際に用いられる抗毒素血清が挙げられます。これは、馬などにヘビ毒を免疫して作られた血清であり、患者に投与することで毒素の作用を打ち消します。ただし、動物由来の血清はヒトにとって異物であるため、投与時にはアナフィラキシー・ショックのような即時型アレルギー反応や、後から現れる遅延型アレルギー反応に対して、十分な注意と準備が必要です。歴史的には、1925年にアラスカのノームでジフテリアが流行した際、犬ぞりチームが血清を運び届けた有名な出来事があります（これは犬のバルトの物語として広く知られています）。

歴史と現代へのつながり

血清療法の近代的な歴史は、1890年 12月4日に日本の北里柴三郎とドイツのエミール・ベーリングが共同で発表した論文に始まります。彼らはそれぞれ破傷風とジフテリアの研究を進め、特にベーリングのジフテリアに関する研究は、エミール・ルーによるジフテリア毒素の発見と相まって大きな進展を見せ、後の第1回ノーベル生理学・医学賞受賞へとつながりました。ベーリング自身も、自身の業績が北里の破傷風研究を基盤としていることを認めています。

しかし、初期の血清療法は、血清中に抗体以外の成分が多く含まれていることから、効果が一定でなかったり、投与後にアレルギー反応などの副作用を引き起こしたりするという課題を抱えていました。この問題を解決するため、血清から抗体成分のみをより純粋に分離・精製する研究が進み、免疫グロブリン製剤が開発されました。これにより、血清療法の安全性と効果は大きく向上しました。

さらに、医療現場ではより高純度で特定の抗原のみに反応する抗体が求められるようになります。こうした要求に応える形で、1953年に東北大学で開発されたハイブリドーマ技術を基礎として、1970年代にはモノクローナル抗体が誕生しました。モノクローナル抗体は、特定の抗体産生細胞クローンから培養によって得られるため、動物血清に依存せず、特定の抗体を均一かつ大量に生産することを可能にしました。この技術は1990年代以降、様々な医薬品や診断薬に応用され、現代医療に不可欠なものとなっています。

一方、動物由来ではないヒト由来の抗体や、ヒトの抗体構造に近づけたヒト化抗体の研究・開発も進められています。近年では、エボラ出血熱の治療において、病気から回復した患者の血清、すなわち免疫血清に含まれる抗体が有効な治療法として注目され、実際に使用されています。

このように、抗血清や血清療法は免疫学の初期における画期的な発見であり、感染症治療の歴史を大きく変えました。その後、技術の進歩に伴ってより高度な抗体医薬へと発展しましたが、その根底にある受動免疫や抗体の利用という概念は、現代の医療や生物科学においても重要な基盤となっています。

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