掛取万歳

掛取万歳とは

『掛取万歳』（かけとりまんざい）は、古典落語を代表する演目の一つです。上方落語では『天下一浮かれの掛け取り』（てんかいちうかれのかけとり）とも呼ばれ、現代では東西ともに、より短い『掛け取り』（かけとり）という題名で演じられることが一般的です。

この噺の起源については、月亭春松が編纂した『落語系圖』に初代林家蘭玉の作と記されています。その後、二代目桂蘭玉によって大幅なアレンジが加えられ、現在の形に近いものになったとされています。

『掛取万歳』の大きな特徴は、言葉遊びやパロディをふんだんに用い、短い滑稽なやり取り（小咄）が次々と積み重ねられていくような構成にあります。定まった筋立てというよりは、登場する掛け取りの種類や順序、そしてそれに対する主人公の応対が、演じる落語家の技量や個性、その場の雰囲気に合わせて大きく変化することも、この噺の大きな魅力とされています。

あらすじ

物語の舞台は、年の瀬、大晦日の長屋です。主人公は、東京では八五郎、上方では熊五郎と呼ばれる貧乏な男です。彼は家賃や食料品のツケなど、様々な借金の支払いに困り果てていました。

去年の大晦日には、布団に潜り込んで顔に白い布をかけたり、早桶に入ったりして「死んだふり」で借金取りをやり過ごそうとしました。しかし、その芝居に騙された大家が、主人公の妻に香典を渡そうとしたため、思わず手を伸ばして「もらっとけ！」と声を上げてしまい、大家を仰天させてしまうという失敗を犯しました。今年はさすがに同じ手は使えません。

困り果てた主人公は一計を案じます。「借金を取り立てに来た人たちの好きなことや趣味に合わせて、うまく断りを入れたら、気分よく帰ってくれるのではないか？」と考えたのです。

まず最初にやって来たのは、狂歌が趣味の大家です。主人公は大家に対し、「貧乏のボウ（棒）も次第に長くなり 振り回されぬ年の暮れかな」「貧乏をすれど我が家に風情あり 質の流れに借金の山」といった自作の狂歌を披露します。これに感じ入った大家は、「貸しはやる 借りは取られる 世の中に何とて大家つれなかるらん」（これは歌舞伎の『菅原伝授手習鑑』の一節をもじったパロディです）と返歌を詠み、なんと借金の返済を延期することを約束してしまいます。

次に現れるのは、東京では魚屋の金公、上方では酒屋の主人で、非常に喧嘩っ早い性格です。彼が「借金をとるまでは、テコでも動かないぞ！」と言うのを聞いた主人公は、その言葉を逆手に取り、「金が入るまで、そこに何十年でも座っていればいい」と挑発的に言い返します。この押し問答の末、最終的には掛け取りの方が根負けし、借金が帳消しになってしまうという展開になります。

三人目は、東京では酒屋の番頭、上方では醤油屋の主人で、芝居、特に歌舞伎が大好きです。主人公は「お掛け取り様の、お入いーりいー」と歌舞伎の「上使」を迎えるような調子で叫び、彼を家の中に招き入れます。掛け取りは、まるで路地を花道に見立てるように入ってきます。主人公は、芝居がかった口調で「雪晴るる 比良の高嶺の夕間暮れ 花の盛りを過ぎし頃かな」と、近江八景を詠み込んだ短歌を披露します。その後も近江名物の地口（洒落）を交えながら言い訳を続け、「あの石山の秋の月……三井寺の鐘を合図に」と、来年の9月まで支払いを待ってもらう約束を取り付けます。掛け取りは、役者が舞台を降りるかのようにして長屋を立ち去ります。

最後に登場するのは、東京では三河屋の主人です。主人公は彼を、かつて正月に門付けをして回った三河萬歳の才蔵に見立て、自身は太夫の調子で「待っちゃろか。待っちゃろか。待っちゃろかと申さあば。ひと月ならひと月目、ふた月ならふた月目、こけらあじゃ、どうだんべえ」とはやしたてます。三河屋の主人が「そんなことじゃ勘定にならない！」と言うと、主人公は「できなけれぇば、待っちゃろか」と返し、萬歳風の掛け合いに持ち込みます。呆れ果てた主人が「じゃあ、いったいいつなら払えるんだ？」と尋ねると、主人公はとぼけて「ああら、ひゃあく万年もォ、過ぎたなら（払います）」と答えてしまう、といったやり取りで締めくくられます。

派生とバリエーション

この噺は、登場する掛け取りの順番や組み合わせが演者によって大きく変わることが多いのが特徴です。また、タイトルの由来となっている三河萬歳の場面は、省略されることも珍しくありません。

芝居好きな掛け取りが登場する場面などでは、上方落語でよく使われる演出である「ハメモノ」（お囃子などの楽器演奏）が効果的に用いられることがあります。この演目では、東京の落語家もハメモノを導入することが多いようです。

掛け取りの種類も多様で、例えば三代目桂米朝や四代目柳亭市馬のように相撲好きの掛け取りが登場したり、六代目三遊亭圓生のように義太夫好きの掛け取りが登場したりするパターンもあります。

五代目桂米團治は大家の代わりにクラシック音楽好きの洋服屋を、四代目柳亭市馬は三人目の掛け取りに三橋美智也の歌が好きな「三橋屋」を登場させるなど、現代的なアレンジも加えられています。

また、初代橘ノ圓都は、義太夫、大津絵節、「かまやせぬ節」といった音曲中心の演出を行い、最後は口合（洒落）好きな米屋を登場させるユニークなサゲを演じました。「一生（一升）のお願い」「二度（二升）とは申しません」といった米の量を表す言葉と洒落をかけたやり取りの末、主人公が「払いは一統（コメの一斗とかけて）にお断りでございます。」と言うところで噺を終えます。

サゲにも多様性があり、主人公が戸を閉めて籠城を決めてしまい、困った掛け取りが隣人に「火事だ！と叫んで追い出してくれ」と頼むも、主人公が窓から小銭を出して「これで火を消してください」とやり返す、といったものも存在します。

改作

『掛取万歳』は、他のジャンルや現代の要素を取り入れた改作も生まれています。

六代目春風亭柳橋は、発表当時の流行だった野球の早慶戦をモチーフにした『掛取り早慶戦』という改作を生み出しました。両校の応援歌の替え歌や、野球用語を地口としてふんだんに用いたユニークな噺です。柳橋には、他に『掛け取り新戦術』と題されたSPレコードの音源も残されています。

また、茂山逸平は本演目を新作狂言として移植しました。狂言版では、大家の趣味が能に置き換えられ、太郎冠者（長屋の男）が能がかりで応対し、最後は女性や囃子方のお囃子に乗って舞いながら追い返されるという演出が加わっています。酒屋の主人とのやり取りは喧嘩になりますが、あえて主人公が負けて相手を気持ちよくさせて追い返す、といったオリジナルの要素も盛り込まれています。

このように『掛取万歳』は、落語家の創意工夫によって常に変化し続ける、生命力に溢れた演目と言えるでしょう。

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