摂家将軍

鎌倉幕府の摂家将軍：頼経と頼嗣の時代

鎌倉時代中期、源氏将軍の血統が途絶えた後、鎌倉幕府将軍職には異例の事態が訪れました。第3代将軍源実朝が暗殺されたことにより、頼朝の血筋を継ぐ源氏将軍は途絶えたのです。後継者選びは、執権北条義時と尼将軍北条政子が中心となり行われました。当初は後鳥羽上皇の皇子を将軍に迎える計画もありましたが、実現せず、代わりに九条家から藤原頼経が第4代将軍に就任しました。頼経は、頼朝の妹の曾孫にあたる、2歳の幼児でした。

頼経の将軍就任は、鎌倉幕府の歴史において画期的な出来事でした。それまで3代にわたり源氏将軍がその座を継いできており、藤原氏出身の将軍は前例がありませんでした。頼経の父方の祖母は源頼朝の同母姉妹にあたる坊門姫であり、頼経自身も女系ながら源氏の血を引いていましたが、九条家は摂家という高い家格を有していました。幼少の頼経は、北条政子らによって補佐されながら将軍職を務めました。

頼経の将軍宣下を巡っては、幕府から源氏への改姓が提案されましたが、春日大明神はこれを拒否したため実現しませんでした。これは、摂家将軍が源氏とは異なる家系であることを明確に示す出来事と言えます。頼経の室には、第2代将軍源頼家の娘である源鞠子が迎えられました。

摂家将軍という呼称は、頼経と、その後を継いだ彼の嫡男・藤原頼嗣を指すために用いられます。頼経と頼嗣の時代、幕府の実権は北条氏が掌握しており、将軍自身は傀儡に近しい存在でした。特に頼経は成人後に傀儡の立場を嫌い、有力御家人と連携して幕府内で勢力を伸ばそうとしたため、北条氏から謀反の疑いをかけられ、鎌倉から京へ追放される事態となりました。

摂家将軍の任命には、朝廷との関係修復という側面もありました。承久の乱によって朝廷と幕府の関係は悪化していましたが、朝廷で最高位の摂家出身者を将軍にすることで、朝幕関係を改善しようという思惑があったと考えられます。また、摂家将軍の時代には、幼い将軍を擁立し、成人したら京へ返すという慣例が確立されました。これは、摂関政治の時代と同様に、政治の実権を握る北条氏が、名目上の最高権威である将軍を巧みに利用した政治体制と言えるでしょう。

頼経と頼嗣の在任期間は、それぞれ18年間と8年間と比較的長期間に渡りましたが、政治的な実力はほとんどなく、幕府の実権は北条氏が完全に掌握していました。摂家将軍という存在は、後に皇族出身の将軍（宮将軍）を迎える布石となり、幕府における朝廷との関係調整、そして将軍職を維持するための重要な役割を担ったと言えるでしょう。頼経と頼嗣は、官位こそ源氏将軍と変わらなかったものの、摂関に上る可能性を秘めた人物であり、鎌倉将軍の地位を高め、武家の棟梁というイメージを薄めることに貢献しました。北条氏も、摂家将軍を擁立することで、執権政治を安定させることに成功したと言えます。 最終的に、頼嗣の後を継いだのは後嵯峨天皇の皇子である宗尊親王であり、宮将軍の時代へと移り変わっていったのです。

参考文献

岡野友彦『源氏と日本国王』（講談社、2003年）
関口崇史「知られざる源実朝後の「非源氏将軍」の系譜」（日本史史料研究会監修・関口崇史編『征夷大将軍研究の最前線 ここまでわかった「武家の棟梁」の実像』洋泉社歴史新書y、2018年）

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