改作法

改作法（かいさくほう）とは

改作法は、江戸時代初期、慶安4年（1651年）から明暦2年（1656年）にかけて、加賀藩第5代藩主前田綱紀の治世初期に、その後見役を務めた第3代藩主・前田利常によって実施された大規模な農政改革です。この改革は、疲弊した農村経済を立て直し、藩の財政基盤を強化することを目的としており、具体的には貧しい農民の救済と年貢納入の厳格な履行という二つの柱から成り立っていました。利常は、この改革の実効性を高めるため、農業政策に専従する役職として「改作奉行」を新たに設置しました。

改革の背景と目的

加賀藩では、かつての一向一揆鎮圧後、武士と農民の間には軋轢が生じていましたが、十村制の導入により緊張緩和は図られていました。しかし、一揆鎮圧時の混乱や処罰による人口減少は農業生産力に深刻な影響を与え、年貢の徴収額は目標を下回る状況が続いていました。前田利常は、税収を安定的に確保するためには、まず農民の生活を安定させることが不可欠であると考えました。同時に、過剰な富が農民の勤労意欲を削ぐことを懸念し、収穫に対する適切な徴税も徹底する必要があると判断しました。こうした考えに基づき、改作法が策定・施行されたのです。

貧農救済策

改作法において、農業生産力を向上させるための具体的な貧農救済策が導入されました。

• - 農民が抱えていた借金の帳消し。
• - 農具や種籾の購入に必要な資金として「改作入用銀」を貸し付け。
• - 食料不足に備え、作付け期間中の生活費として「作食米」を貸し付け。
• - 地域の労働力バランスを調整するための人口再配置。

これらの施策を実施するにあたり、藩内の実務機関であった十村制が重要な役割を果たしました。十村は藩役人との連携、農業技術の指導、労働力の管理といった多岐にわたる業務を一手に担いました。改作入用銀や作食米の融資も、十村を通じて農民に渡されました。改作法が施行された6年間で、貸し付けられた総額は米73,000石、銀695貫目（およそ2.6トン）に及びました。

前田利常自身も改革の推進に熱心でした。彼は鷹狩りと称して領内を巡回し、改作法が適切に運用されているか、効率的な農法が実行されているか、耕作放棄地はないかなどを自ら検分しました。そして、改作奉行や主要な十村に対し、具体的な指示を与えました。また、労働力再配置により故郷を離れることになった農民たちを城に招き、直接激励の言葉をかけることもありました。

年貢納入の徹底と厳罰

貧困農民への支援が行われる一方、改作法においては、耕作を怠る者（徒百姓）、年貢を納めない者（蟠り百姓）、さらには改作法そのものに異を唱える者に対する処罰は非常に厳格でした。こうした農民たちの財産は全て没収され、勤勉に働く農民（律儀百姓）に対し、十村の管理下で分配されました。処罰された農民自身やその家族は、身分が引き下げられたり、村から追放されたりしました。村を追われた者の中には、罪の重さによっては鼻や耳を削がれるといった身体刑に処される者もいました。

このような厳しい対応に加え、農民の勤勉を促す教育においても十村が機能しました。十村は元々一向一揆の門徒指導者であった経緯から、農民が深く信仰していた一向宗を通じて、勤勉の重要性を説きました。また、村を追われた人々の悲劇を語り継ぐことで、農民たちに教訓を与えました。さらに、十村には槍や鉄砲などの武器の携帯が許され、藩に逆らう農民に対しては殺害する権限も与えられていました。

定免制の導入

改作法では、それまでその年の作柄によって変動していた年貢の税率が固定されました。これを「定免制」と呼びます。この制度により、標準収穫量を超える収穫があった場合、その余剰分は農民の手元に残るようになりました。しかし、定免制における税率の計算基準は、改革によって実現されるであろう高い収穫量を前提として設定されており、農民にとって決して楽な水準ではありませんでした。

加賀藩領内において、重臣の長連頼は鹿島半郡に独立した地方知行地（31000石）を持っていました。彼が改作法に倣い検地を実施しようとした際、十村頭（大庄屋）の園田道閑ら農民と、在地家臣の浦野信里らがこれに強く反発しました。藩当局は、検地を拒否した中心人物らを厳しく処罰し（浦野事件）、その上で長連頼の死後、長家の知行地を藩の直接支配下に置き、再検地の結果、石高は55360石に修正されました。この出来事は、藩が設定した石高の見積もりが非常に厳格であったことを示しています。

明暦2年（1656年）に作成された「百石入用図」という資料には、標準収穫量100石の土地を耕作する農民の収支試算が記されています。それによると、農民の食料、肥料、農具費、種籾の確保分といった必要経費として71.8石が必要とされ、これに対する年貢は40石でした。単純計算では11.8石の不足が生じることになります。しかし、この資料では、改作法による農業改革によって標準を12.5石上回る収穫が達成されたため、無事に年貢を納められただけでなく、農民の手元にも余剰分が残ったと記録されています。

ここで「免」とは、年貢の税率（歩合）を意味します。「草高七百石免四つ」であれば、標準収穫量700石に対し、その40%、すなわち280石が年貢として納められることを示します。加賀藩領内の旧村々には、この年貢率を定めた文書が今も残されていることがあります。これらは通称「村御印」または「物成」と呼ばれ、第3代藩主利常が使用した黒印（御印）が押されています。旧家で見つかる文書の多くは、寛文10年（1670年）に再確認・発布されたものです。金沢市図書館が所蔵する「加越能三箇国高物成帳」によると、加賀、能登、越中の合計3411村に村御印が発布された記録があります。ただし、この数には大聖寺藩領や富山藩領は含まれず、また寛文10年以降に追加発布された村も含まれています。

改作法の成果と継承

改作法がその目的を達成するためには、藩主、十村、そして農民がそれぞれの立場で最大限の努力を払うことが前提でした。一部の農民からの抵抗はあったものの、利常はこの改革を断固として推進し、十村制は効率的に機能しました。そして、農民たちもこれに応える形で勤勉に働くようになりました。その結果、改作法施行前後で藩の税収は約20%増加し、改革のために貸し付けられた改作入用銀や作食米はわずか1年という短期間で全額回収されました。

この改作法は、その後、第5代藩主前田綱紀によってさらに整備・拡充され、「父祖の法」として加賀藩の基本的な農政方針として長く受け継がれていくことになりました。

後世の復古的な動き

19世紀初頭（文化・文政年間）に藩主を務めた前田斉広は、当時の疲弊した農村の立て直しを図るため、改作法の復古を試みました。しかし、既に制度は形骸化しており、またこの時期は自然災害が頻発したこともあり、期待通りの収穫を得ることは難しく、改革は成果を上げられませんでした。

改作法は、加賀藩が江戸時代を通じてその強大な財力を維持する上で、重要な礎となった農政改革と言えます。

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