一向宗

一向宗とは

一向宗（いっこうしゅう）という言葉は、複数の意味合いを持つ仏教用語です。主に以下の3つの意味で使われます。

1. 一向俊聖（いっこうしゅんしょう）が開いた宗派：鎌倉時代の僧侶である一向俊聖が創始した仏教宗派。踊り念仏を特徴とし、時宗や浄土真宗と混同されることもありました。
2. 時宗の一派：江戸時代に幕府によって時宗に強制的に統合された「時宗一向派」のこと。
3. 浄土真宗の別称：浄土真宗、特に本願寺教団を指す呼称。教団自身は自称しませんでした。

この記事では、これらの異なる意味合いを持つ「一向宗」について、詳しく解説していきます。

一向俊聖の「一向宗」

開祖・一向俊聖

一向宗の開祖である一向俊聖は、鎌倉時代に活躍した僧侶です。筑後国（現在の福岡県）の出身で、初めは浄土宗の僧侶として修行していました。その後、各地を遊行し、踊り念仏を修め、道場を設けました。晩年は近江国（現在の滋賀県）の番場蓮華寺で亡くなったとされています。

教団の形成と展開

一向の死後、番場蓮華寺を本山として、東北、関東、尾張、近江地方に一向の法流を伝える寺院が分布し、教団を形成しました。鎌倉時代末期の文献『野守鏡』には、この教団が一向宗として存在し、後の浄土真宗とは異なる宗派であることが記されています。

時宗との混同

一向俊聖と同時期に活動した一遍は、同じく遊行や踊り念仏を実践しており、そのため一向の「一向宗」は、一遍の「時衆」と混同されるようになりました。さらに時代が下ると、一向の教えは、踊り念仏という共通点から、浄土真宗とも混ざり合う現象が見られるようになりました。特に一向の教えが早くから流入していた北陸地方では、この傾向が顕著でした。

蓮如による影響

浄土真宗本願寺の蓮如は、北陸地方での布教活動において、一向や一遍の影響を受けた僧侶や信者を対象としました。蓮如は彼らを「一向衆」と呼びましたが、「一向宗」とは区別していました。蓮如は、一向の教えと自身の教えが混同されることを懸念し、門徒が「一向宗」を自称することを禁じました。しかし、一般には浄土真宗を「一向宗」と呼ぶ風潮が収まることはありませんでした。

時宗への統合とその後

江戸時代に入ると、幕府は本末制度を徹底し、一向の流派は独立した宗派とは認められず、時宗に統合されました。時宗の一派となった一向派は、その後も独立を求め続けましたが、それは実現しませんでした。明治時代になって、一向派の中から独立を唱える動きが出ましたが、時宗側の反対によりこれも認められませんでした。最終的に、多くの寺院は時宗を離れ、一向の母体であった浄土宗に帰属するようになりました。

ゆかりの寺院

- 番場蓮華寺（滋賀県米原市）
- 佛向寺（山形県天童市）：現在でも踊躍念仏を伝えています。

浄土真宗における「一向宗」

浄土真宗の別称としての「一向宗」

浄土真宗、特に本願寺教団を指す呼称としても、「一向宗」は使われてきました。これは、「一向」という言葉が「ひたすら」「一筋」という意味を持ち、「一つに専念すること」を意味していることに由来します。『仏説無量寿経』に「一向専念無量寿仏」と記されているように、阿弥陀仏の名号を称えることを指す言葉として解釈され、親鸞を宗祖とする教団を他の宗派が「一向宗」と呼ぶようになったのです。

浄土宗との関係

特に浄土宗は、親鸞の教団が「浄土真宗」と自称することを嫌い、「一向宗」の名称を用いました。浄土宗から見ると、親鸞の教団は「浄土真宗」を名乗るべきではないという考えがあったためです。

教団内部での認識

浄土真宗の教団内部では、「一向宗」という言葉は正式には使われませんでした。しかし、門徒たちが起こした一揆が「一向[[一揆]]」と呼ばれるなど、教団外からは「一向宗」という呼称が使われ続けました。

江戸幕府の政策

江戸幕府は、真宗教団を指す名称として「一向宗」を公式に使い続けました。これは、徳川家康が三河一向[[一揆]]で苦しめられたことや、徳川将軍家が浄土宗を信仰していたことなどが背景にあります。

宗名論争

「浄土真宗」の公式名称化を求める動き

江戸時代中期になると、西本願寺と東本願寺は、幕府に対して「浄土真宗」のみを公式名称とするよう求める意見書を提出しました。他の真宗各派もこれに同調しました。しかし、浄土宗の寺院である増上寺はこれに強く反対し、「浄土真宗」を名乗るべきなのは浄土宗のみだと主張しました。

幕府の裁定と混乱

幕府は最終的に、浄土宗の意見を受け入れ、真宗教団の宗派名を正式に「一向宗」とすることを決定しました。これに対して真宗教団は激しく抗議し、論争は泥沼化しました。

宗名論争の結末

この宗名論争は、最終的に、寛永寺が仲裁に入り、「3万日」の間、問題を預かるという形で一旦決着しました。しかし、真宗教団は「一向宗」の呼称を拒否し続け、「門徒宗」などの言い換えを行いました。

明治政府の決定

明治政府が成立すると、仏教統制の一環として、真宗教団に対して「一向宗」以外の呼称を禁じようとしましたが、真宗教団側の猛反発を買いました。最終的に、政府は略称である「真宗」であれば認めるという見解を示し、真宗教団の寺院は以後「真宗」を公式名称とすることになりました。

現在の状況

第二次世界大戦後、浄土真宗本願寺は浄土真宗本願寺派と正式に名乗り、他の真宗系宗派もそれぞれ「真宗○○派」の呼称を用いています。このように、「一向宗」という名称は、歴史的な経緯の中で、様々な意味合いを持つようになった言葉なのです。

もう一度検索