十村制

十村制とは

十村制（とむらせい）は、江戸時代に加賀藩の第3代藩主である前田利常によって制定された農政制度です。この制度は、地方の有力な農民を「十村」として任命し、彼らに農村の管理と徴税を委ねることで、藩全体の統治を円滑に進めることを目的としていました。

十村の役割

十村とは、十村制のために特別な権限を与えられた農民のことを指します。彼らは、地域の有力な豪農や、帰農した旧武士など、藩主から信頼を得た人々が任命されることが多く、一向一揆の監視という役割も担っていました。十村は、郡奉行や改作奉行の下位、肝煎や庄屋の上位に位置し、当初は10カ村程度を束ねる役割を担っていました。しかし、次第に数十カ村を管轄する十村も現れるようになり、その影響力は増大していきました。十村には、組無御扶持人十村、組持御扶持人十村、平十村という区分があり、さらに各区分が三分される計九段階の序列が存在しました。

十村の役料として、支配下の15歳から60歳の男子から年に米二升が徴収されました。十村の地位は世襲ではありませんでしたが、実際には村を束ねる豪農が任命されることが多かったため、事実上世襲に近い状態でした。一人の十村が管轄する範囲を「組」と呼び、当初は十村の名前を冠していましたが、後に地名を冠するようになりました。

十村制制定の背景

加賀藩の藩祖である前田利家は、織田信長の命により加賀一向一揆を鎮圧しましたが、この際多くの門徒が処刑され、労働人口が減少しました。そのため、加賀藩では年貢の徴収が困難な状況が続いていました。また、前田家は100万石を有する大藩であったため、江戸幕府から度重なる普請や軍役を命じられ、支出が嵩んでいました。これらの要因から、徴税を行う家臣や代官は農民から厳しい年貢を取り立てようとしましたが、農民たちの反発を招き、逃散やサボタージュが頻発していました。このような状況が続けば、大規模な一揆が勃発し、藩の運営能力が問われる可能性があり、藩は危機的な状況にありました。

前田利常の決断

前田利家の長男である利長を警戒した徳川家康は、利長を隠居させ、自分の孫娘である珠姫を利常に嫁がせて家督を継がせました。しかし、利常は寛永8年（1631年）に謀反の疑いをかけられ、江戸の藩屋敷に軟禁されました。この軟禁は3年間続きましたが、最終的には許されました。この経験から、利常は自分の立場を悟り、藩政の安定化を図るため、十村制を導入することになります。

農政改革の実施

従来の給人制度には二つの問題点がありました。一つは、藩の役人や家臣が徴税を行っていたため、農民の反感を招いていたこと。もう一つは、各給人がそれぞれの知行地で年貢を徴収していたため、近隣の給人間で競争意識が強く、年貢の取り立てが厳しくなっていたことでした。さらに、農民が逃亡した場合の捕捉も困難でした。利常は、一向一揆の際に組織された門徒指導者を中心とした社会秩序が農村部に残っていることに着目し、農村の有力者に徴税を委ねることにしました。一部の給人たちはこの改革に抵抗しましたが、多くの給人は農民からの搾取に疲れ果てており、抵抗はそれほど強くありませんでした。

十村制のメリット

十村制の導入により、農民、十村、藩のそれぞれにメリットがありました。

農民にとってのメリット:
父祖を虐殺した仇敵である前田家の侍や役人ではなく、信頼できる農民が徴税を行うため、抵抗感が少なくなり、農民の逃散が激減しました。
十村にとってのメリット:
加賀藩から既得権が追認され、扶持が与えられるようになりました。さらに、その権利は世襲に近い形で継承されていきました。
藩にとってのメリット:
農村が安定し、年貢米の収入が安定しました。また、もし徴収が厳しく農民が不満を訴えたとしても、十村は農民であるため、農民同士の争いとして処理することが可能になりました。

十村制がもたらした影響

利常は、50年にも及ぶ治世の大部分を十村制の確立に費やしました。その結果、家臣は農村からの直接収入を失い、藩から支給される扶持で生計を立てるようになりました。この状況が、後の藩主独裁を目指す藩政改革や加賀騒動へと繋がっていくことになります。

また、十村は藩体制の末端として、百姓一揆の矢面に立たされる存在となっていきました。19世紀初頭には、藩が疲弊した農村を復興させるために改作法を復古させ、十村に現場の主導的な役割を担わせましたが、災害などが頻発し、収穫が思うように得られず、十村が責任を負わされて集団で処罰を受けることもありました。

十村の一覧

加賀国、能登国、越中国の前田藩領のうち、越中国婦負郡全域と新川郡の一部は富山藩領、加賀国江沼郡全域と能美郡の一部は大聖寺藩領であり、残りが加賀藩領でした。

以下に、主な十村家の一覧を示します。

越中国
新川郡：岩城家（富山藩領）、竹島家
婦負郡：内山家

能登国
珠洲郡：若山家、延武家、真頼家、黒丸家、宗玄家
鳳至郡：上時国家、下時国家、中谷家、山本家、伊藤家、田谷家、泉家
鹿島郡：岡野家
羽咋郡：岡部家、喜多家

加賀国
石川郡：多川家
能美郡：石黒家(大聖寺藩領)

十村屋敷

十村を務めた豪農の屋敷のいくつかは現在も保存されており、見学することができます。

岡部家 - 石川県羽咋郡宝達志水町
喜多家 - 石川県羽咋郡宝達志水町
内山邸 - 富山県富山市
竹島家 - 富山県富山市

十村の子孫

十村の子孫には、様々な分野で活躍した人物がいます。

岩城隆常
内山正治
岡崎文夫 (東洋史学者)
岡野是保
武部其文
西田幾多郎


十村制は、加賀藩の統治において重要な役割を果たした制度であり、その影響は現在にも及んでいます。

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