政井みね

政井みね：野麦峠を越えた女工の生涯

政井みね（まさい みね、1888年2月3日 - 1909年11月20日）は、明治時代に日本の近代化を陰で支えた女性労働者の一人です。彼女は、岐阜県吉城郡河合村（現在の飛騨市河合町角川）の貧しい農村に生まれました。

口べらしと出稼ぎ

当時、農村部では家計を助けるために、子供が出稼ぎに行く「口べらし」が一般的でした。みねもその一人で、14歳になった1903年（明治36年）2月、信州の岡谷へ出稼ぎに出ました。明治政府は富国強兵政策を推し進めており、外貨獲得のために製糸業を奨励していました。長野県諏訪地域は水資源が豊富で製糸業が盛んであり、みねを含む多くの女性が野麦峠を越えて働きに出ました。

過酷な野麦峠越え

野麦峠は交通の難所として知られており、特に厳冬期は非常に過酷でした。雪は氷の刃と化し、少女たちの足を容赦なく切り裂いたと言われています。「野麦の雪は赤く染まった」という言葉は、工女たちの血で染まったという悲痛な状況を表していますが、実際には着物の染料が主な理由でした。しかし、雪の中に血液が混ざっていた可能性も否定できません。また、峠で足を滑らせて谷に落ちる者、宿に泊まれず吹雪の中で一夜を明かす者もいたと言われています。

製糸工場での過酷な労働

みねが働いた山一林組の製糸工場では、労働基準法など存在しない時代でした。蒸し暑く悪臭が漂う劣悪な環境の中、15時間にも及ぶ長時間労働を強いられました。さらに、工女の逃亡を防ぐために工場に鉄製の桟が張られており、まるで監獄のような状態でした。それでも、みねを含めた多くの工女たちは、自分の賃金で実家を助けるため、そして正月には両親と再会できることを信じて、過酷な労働に耐えました。当時の製糸業は農作業に比べて高収入であり、また女性労働者の賃金が男性労働者よりも高かったことも、彼女たちの支えになった要因です。

模範工女としての活躍

みねは、その仕事ぶりが高く評価され、工女の模範となり、年収が百円を超えるまでになりました。当時、百円は現在の三百万円前後に相当し、小学校教員の初任給に匹敵する高額でした。彼女は「百円工女」と呼ばれるようになり、同僚の尊敬を集めました。

悲劇的な最期

しかし、1909年（明治42年）11月、みねの容態が悪化し、実家に「ミネビョウキスグヒキトレ」の電報が届きました。兄の辰次郎は、夜通し2日間歩いて岡谷に到着しましたが、みねは故郷に帰りたいと病院での治療を拒否しました。辰次郎はみねを背負って帰路につきましたが、5日目の11月20日、野麦峠に差し掛かったところで、みねは「あぁ、飛騨が見える」という言葉を最後に息を引き取りました。辰次郎はさらに4日間かけてみねの遺体を背負って角川に帰りました。村人たちは手を合わせて彼女の帰郷を迎えました。みねの墓は、飛騨市河合町角川の専勝寺にあります。

『あゝ野麦峠』による顕彰

その後、ジャーナリストの山本茂実が、明治40年前後の製糸工場の様子について数百人の女工から聞き取り調査を行い、1968年（昭和43年）にルポルタージュ『あゝ野麦峠』としてまとめました。この作品は、映画化（1979年）やテレビドラマ化（1980年）もされ、みねの生涯は広く知られるようになりました。映画化の計画は1969年にもありましたが、監督や主演女優が決まっていたにも関わらず実現しませんでした。しかし、主演候補であった吉永小百合は、野麦峠に「政井みねの碑」を寄贈しています。

演じた俳優

大竹しのぶ（映画・『あゝ野麦峠』、1979年）
熊谷真実（テレビドラマ・『あゝ野麦峠』、1980年）

関連項目

女工哀史
野麦峠

外部リンク

歴史と風土に思いを馳せて…野麦峠（高根村観光開発公社）
飛騨の峠 -野麦峠- - ウェイバックマシン（2004年6月20日アーカイブ分）

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