敷島 (たばこ)

敷島：日露戦争を背景に生まれた高級たばこ

1904年6月29日、大蔵省専売局は、新たな紙巻きたばこ銘柄「敷島」を世に送り出しました。日露戦争の戦費調達のため、政府はタバコ・酒の専売強化を図っており、「敷島」はその政策の一環として誕生した4銘柄の一つです。他の銘柄には「大和」、「朝日」、「山桜」があり、いずれも本居宣長の歌「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山櫻花」に由来しています。

「敷島」の特徴は、その原料にありました。江戸時代から高級葉として知られる鹿児島産在来葉と茨城県産の良質葉を60％も使用。同時期に発売された他の銘柄「朝日」の40％を大きく上回る贅沢な配合は、発売当初「敷島」を国産高級たばことしての地位を確立させました。なお、当時の紙巻きたばこにはフィルターがなく、「口付」と呼ばれる厚めの紙製の吸い口が装着されていました。喫煙者は、この口付を潰して吸うのが一般的でした。

1920年には両切り形式も発売されましたが、わずか1ヶ月後の同年3月30日に販売を終了。これは日本一販売期間の短いたばことして知られています。

高価格帯と人気、そして中級品への転落

「敷島」は20本10銭という価格設定で発売されました。これは同時期の他の銘柄と比較しても高価格帯に属していました。その後、政府は戦費調達のため、1906年には「不二」、1910年には「国華」といったさらに高価格帯の銘柄を発売。これらの銘柄は「敷島」よりも高価であり、「敷島」も1907年には2度も値上げされました。

しかし、当初の高級たばことしてのイメージは徐々に薄れ、中級品へと位置づけが変わっていきました。「不二」は特に人気が高く、「敷島」と共に原料不足に悩まされるほどでした。一方、「国華」は一部の消費者層にしか受け入れられず、広く普及することはありませんでした。その後発売された「八千代」は全く売れず、販売店からはかえって「敷島」の供給を望む声が多く上がっていたほどです。

終戦と終売：戦時下の苦境

1936年時点では、「敷島」は1箱20銭。贈答用や卓上用といった高級品もラインナップされていました。しかし、この頃から製造中止の噂が出始めます。

第二次世界大戦が始まると、戦費調達のためタバコは値上げを繰り返しました。「敷島」も1943年1月には35銭から65銭、同年12月には65銭から1円へと値上げされました。そして、戦局の悪化に伴う資材不足により、1944年、「敷島」は他の6銘柄と共に生産中止となりました。長い歴史に幕を閉じました。

文学作品への登場

「敷島」は、当時の著名な作家たちの作品にも登場しています。正宗白鳥の『何処へ』、夏目漱石の『行人』、谷崎潤一郎の『鮫人』など、それぞれの作品の中で「敷島」は、時代背景や登場人物の心情を彩る重要な小道具として描かれています。これらの作品は、「敷島」が当時いかに広く親しまれていたかを物語っています。

まとめ

「敷島」は、日露戦争という時代背景の中で生まれ、高級たばことして人気を博しましたが、時代の変遷とともに中級品へとその地位を変え、そして戦時下の物資不足により終売を迎えました。その短いながらも華々しい歴史は、日本のたばこ史、そして当時の社会情勢を反映する重要な一ページと言えるでしょう。 「敷島」という銘柄は、単なるたばこではなく、当時の日本社会の一断面を垣間見ることができる貴重な存在だったと言えるのではないでしょうか。

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