文鏡秘府論

『文鏡秘府論』について

『文鏡秘府論』は、平安時代前期に日本の空海によって編纂された文学理論書です。この著作は、中国の六朝期から唐朝にかけての詩文創作に関する理論を体系的に整理したもので、現在でも文学研究において重要な位置を占めています。全六巻からなり、それぞれ「天」「地」「東」「南」「西」「北」という名称で構成されており、これらは文学の様々な側面を文脈付ける役割を担っています。

編纂の背景

空海は唐代中期に長安で学び、その後日本に帰国し、弘仁年間（810年 - 823年）中にこの書を完成させたとされます。彼が提唱した内容は、中国の古典文学に深い理解を持つものであり、その影響を受けた多くの作品が存在します。本書に関しては、空海の著作というよりは編者としての立場が強調されており、彼自身の意見が含まれているものの、その多くは中国の文人からの引用によるものです。序文に関しては、空海が直接手掛けたものであるため、著者としての表現が見られます。

構成と意味

本書の構成は、天巻と地巻が冒頭に配置され、その後に四方位の巻が続く形を取っています。この編成に関しては、研究者の間で意見が分かれています。小西甚一は、巻の配置を東・南・西・北の順に並べるべきだとする説を支持しました。これに対し、興膳宏は、巻題の命名がペアで関連しているため、東・西、南・北とした方が合理的であると主張しています。空海自身が印象深い曼荼羅的イメージを持っていた可能性も示唆されています。

各巻の内容

1. 天巻: 古代漢語の声調変化や四声の原理について解説。劉善経の声律論が基にされています。
2. 地巻: 詩の形式や描くべき題材について考察。王昌齢や皎然の詩論が参考とされています。
3. 東巻: 対句の種類やその使用方法を説明。
4. 南巻: 文の形をどう作るか、書く際の心構えについて論じています。
5. 西巻: 韻律において避けるべきことを挙げています。
6. 北巻: 対句の法則についてのまとめがなされています。

資料的価値

この書に記載されている引用文献は、現代では入手困難なものが多く、中国の文献学研究において価値ある資源として認識されています。各巻ごとの引用出典を通じて、様々な時代や作家の文体や思考が濃縮されています。

版本と研究

『文鏡秘府論』の出版は、平安時代の古写本を基にした小西甚一の校訂版や、厳密な文献考証に基づく林田慎之助の校訂版などがあります。注釈や訳注も豊富で、空海の思想や時代背景を理解する手助けとなります。また、この書に基づくさらなる研究も行われており、文学的および文化的意義が探求されています。空海の他の著作，特に『文筆眼心抄』が、『文鏡秘府論』の要点をより簡略にまとめたものとして位置づけられています。

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