新ドイツ零年

ジャン＝リュック・ゴダール監督による1991年のフランス映画『新ドイツ零年』（原題：Allemagne année 90 neuf zéro）は、1990年のドイツ再統一という歴史的転換点を背景に制作された、実験的で独創的な作品です。タイトルにも示されるように、ロベルト・ロッセリーニの『ドイツ零年』を意識したものであり、その影響は映画全体に見て取れます。

本作は、アンテーヌ2のドキュメンタリー番組の一環として企画されました。ゴダール監督は、ドイツ再統一という歴史的出来事を、単なる歴史的事実として捉えるのではなく、歴史、文化、そして人間のアイデンティティという複雑な問題へと昇華させました。

映画は、過去の巨匠たちの作品を巧みに引用することで、歴史と現在、そして過去と未来を繋ぎ合わせています。F・W・ムルナウの『最後の人』、ボリス・バルネットの『青い青い海』、セルゲイ・エイゼンシュテインの『アレクサンドル・ネフスキー』といった名作から、映像やモチーフが引用され、それらがゴダールの独自の解釈を通して再構成されています。

さらに、ヘーゲル、リルケ、ゲーテといったドイツを代表する哲学者や詩人の言葉、そしてフランツ・カフカのようなプラハのドイツ語作家からの引用も取り入れられています。これらの引用は、単なる装飾ではなく、ドイツの歴史と文化、そしてアイデンティティというテーマを多角的に考察するための重要な要素として機能しています。

映画には、1950年代の映画シリーズで人気を博したレミー・コーション役としてエディ・コンスタンティーヌが再び登場します。ゴダール監督の1965年の作品『アルファヴィル』にもレミーとして出演したコンスタンティーヌは、本作でも、歴史の転換期に翻弄される人間の姿を体現しています。また、セルバンテスの『ドン・キホーテ』からドン・キホーテとサンチョ・パンサがそのまま登場するなど、現実と虚構、歴史とフィクションの境界が曖昧に、しかし効果的に描かれています。

『新ドイツ零年』は、当初テレビ放映を目的として制作されましたが、その後、ヴェネツィア国際映画祭に出品され、長編映画としての完成度を高めて公開されました。同映画祭では、ゴダール監督がイタリア上院議長賞金メダルと音響部門の金のオゼッラ賞を受賞し、高い評価を得ました。日本の劇場公開は世界初公開ということもあり、大きな話題となりました。

映画のストーリーは、ベルリンの壁崩壊後のドイツで、陸軍情報部出身のツェルテン伯爵が、行方不明となっていたレミー・コーションを探し出すことから始まります。レミーはナチス・ドイツで諜報活動に従事しており、戦後も消息不明となっていた人物です。ツェルテン伯爵は、レミーに西ドイツに戻るよう勧めますが、レミーは過去と現在、そしてドイツという国の複雑な歴史と葛藤しながら、自分の道を模索していくのです。

『新ドイツ零年』は、単なる歴史映画や政治映画ではなく、ゴダール監督独自の視点と手法によって、歴史、文化、そして人間のアイデンティティという複雑なテーマを多層的に描き出した実験的な作品です。過去の巨匠へのオマージュ、文学や哲学からの引用、そして現実とフィクションの曖昧な境界など、ゴダールの映像表現の豊かさと独創性が際立つ、必見の作品と言えるでしょう。

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