日本の悲劇 (1953年の映画)

『日本の悲劇』は、1953年に公開された木下惠介監督による日本映画です。戦後の混乱期を背景に、一人の女性の生き様と、それを取り巻く社会の現実を描き出しています。

概要

本作は、望月優子が熱海の旅館で働く戦争未亡人を演じ、社会派女優としての地位を確立した記念碑的作品です。木下惠介監督にとっても、リアリズムとドキュメンタリー性を追求した挑戦作であり、後の『女の園』や『楢山節考』へと繋がる重要なステップとなりました。その年のキネマ旬報ベスト・テンでは第6位にランクインしています。

特徴的なのは、オープニングテーマを除き、劇伴音楽を極力排している点です。代わりに、劇中の登場人物が奏でるギターや三味線の音色、歌が音楽として用いられ、より現実感を高める効果を生み出しています。また、ニュース映画の映像が随所に挿入されており、1946年に公開された亀井文夫監督による同名記録映画を意識した演出も見られます。

あらすじ

物語の舞台は熱海。旅館で働く戦争未亡人・春子は、娘の歌子と息子の清一を大学に通わせるために、昼夜を問わず懸命に働いています。時には闇市で物を売り、時には客を取るなど、文字通り身を粉にして子供たちを育ててきました。しかし、子供たちはそんな母に依存しながらも、幼い頃から母の苦労を知っているからこそ、春子に対し冷酷な態度を取ってしまいます。

清一は、やがて裕福な開業医夫婦の養子になる話が舞い込みます。彼は人生の転機と捉え、養子縁組の話を進めていきます。春子は複雑な思いを抱えながらも、息子の幸せを願わずにはいられません。そんな中、清一は両親の結婚の真相を知り、さらに春子への反感を募らせていきます。

一方、歌子は英語塾に通いながら一人暮らしをしていましたが、塾講師の赤沢との関係を妻に疑われ、春子に何も告げずに駆け落ちしてしまいます。春子は歌子に電話で金を無心しますが、曖昧な返事をされてしまいます。

歌子の失踪を知った春子は、以前金を貸したことのある岩見という男を頼ろうと湯河原へ向かいますが、結局列車を降りることができません。清一を頼り東京へ向かいますが、「お母さんなんか馬鹿だ、ふしだらだ」と罵倒されてしまいます。それでも春子は「久しぶりに“お母さん”って言ってくれて嬉しいよ」と答え、清一の前から去ります。絶望した春子は熱海へ帰る途中、湯河原駅で列車に身を投げてしまいます。春子が働いていた旅館では、春子に何かと気にかけてもらっていた流しの艶歌師・達也と、板前修業中の佐藤が春子を偲び、涙を流すのでした。

キャスト

井上春子：望月優子
艶歌師・達也：佐田啓二
佐藤：高橋貞二
井上歌子：桂木洋子
赤沢正之：上原謙
芸者・若丸：淡路恵子

『日本の悲劇』は、戦後日本の社会構造が生んだ悲劇を、一人の女性の視点から鋭く描き出した作品です。親子の愛情、貧困、差別など、普遍的なテーマを扱いながら、観る者に深い感動と問いを投げかけます。

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