日本映画発達史

『日本映画発達史』は、映画史家・田中純一郎が長年にわたり研究を重ねて完成させた、日本映画史における金字塔とも言える大著です。全5巻から構成されており、明治時代の黎明期から昭和中期までの日本映画の発展を、多角的な視点から詳細に記録しています。

成立の背景
著者の田中純一郎が日本映画史の研究に着手したのは、大正末期から昭和初期にかけてのことでした。当時、日本には映画史に関する書籍がほとんど存在せず、新聞記事や関係者への聞き取り調査が主な情報源でした。田中は、朝日新聞社で「映画年鑑」の編集に携わっていた星野辰男の勧めを受け、1926年（大正15年）に最初の映画史に関する記事を執筆しました。明治時代の資料が揃うまでには約20年もの歳月を要し、その間、『映画評論』や『キネマ旬報』などの雑誌にも研究成果を発表しています。

内容構成
初版は1957年（昭和32年）に中央公論社から刊行されました。第1巻『活動写真時代』では、1896年（明治29年）のキネトスコープの日本上陸から、無声映画の時代までを扱っています。第2巻『無声からトーキーへ』では、トーキー映画の登場とその影響を考察し、第3巻『戦後映画の解放』では、戦後の日本映画がどのように復興・発展していったかを追っています。その後、1968年（昭和43年）には第4巻『史上最高の映画時代』が刊行され、1951年（昭和26年）末から1966年（昭和41年）まで、黒澤明監督の『羅生門』がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した事や、小津安二郎監督の死去など、日本映画が国際的に評価を高めた時代を詳細に描いています。さらに1976年（昭和51年）には第5巻『映像時代の到来』が刊行され、1967年（昭和42年）から1975年（昭和50年）までの日本映画の動向を分析しています。また、文庫版では各巻末に「日本記録映画の系譜、その他」の項が設けられ、記録映画史にも触れています。

特筆すべき点
本書の特徴は、単に映画作品の紹介に留まらず、製作、配給、興行といった産業構造や、海外映画の影響、政府の政策、映画雑誌といったジャーナリズムなど、多角的な視点から日本映画史を捉えている点です。また、映画会社の興亡や、監督、俳優などの人物像にも焦点を当てており、映画史を立体的に理解することができます。さらに、1896年から1975年までの「日本映画発達史年表」や、主要人物、作品の索引も収録されており、資料としても非常に価値が高いものとなっています。

評価と受賞
田中純一郎の長年にわたる研究の集大成である本書は、日本映画史研究における重要な基礎資料として、高く評価されています。著者は、本書を中心とする日本映画史の探求著述の功績により、1966年（昭和41年）に藍綬褒章を受章し、1968年（昭和43年）には「映画の日」特別功労賞を受賞しました。

関連書籍
また、田中純一郎は『日本映画発達史』の他にも、日本教育映画史を扱った『日本教育映画発達史』や、映画史研究の裏側を語った『日本映画史発掘』（後に『活動写真がやってきた』に改題）などの著作も残しています。

刊行状況
初版は中央公論社から刊行され、その後、中公文庫から改訂版が刊行されました。1980年代には上製本での新版も登場しましたが、現在は各版とも絶版となっています。

『日本映画発達史』は、映画史を研究する上での必読文献であり、日本映画の発展を理解するための重要な道標となるでしょう。

もう一度検索