キネトスコープ

キネトスコープ：映画黎明期を彩ったのぞき穴式鑑賞装置

キネトスコープは、19世紀末にアメリカの発明家トーマス・エジソンによって開発された、初期の映画鑑賞装置です。その名前は、ギリシャ語の「kineto（運動）」と「scopos（見る）」を組み合わせたもので、文字通り「動くものを見る」ための装置でした。

キネトスコープの仕組み

キネトスコープは、高さ約1.2メートルの木箱でできており、上部にのぞき穴が付いています。内部には約15メートルのフィルムが蛇腹状に収納されており、コインを入れると内蔵されたモーターが作動し、フィルムが高速で回転します。フィルムは幅約35ミリで、両端にパーフォレーション（穴）が開けられており、この穴と噛み合うスプロケットによって、フィルムが一定の速度で送られます。

フィルムの下には光源となるランプがあり、フィルムとランプの間には回転シャッターがあります。フィルムの各コマがレンズの前を通過する際に、シャッターが光を遮断と通過を繰り返すことで、残像効果によって動いているように見える映像を作り出す仕組みです。

しかし、初期のキネトスコープは現在の映写機のような間欠的な駆動方式ではないため、映像が安定しないという欠点がありました。フィルムの速度は毎秒40フレームで、1つの作品の上映時間は約20秒と短く、フィルムはループ状になっており、同じ映像を繰り返し見ることができました。

開発の背景と変遷

キネトスコープの開発は、1888年にエジソンが連続写真の技術に着想を得て始まりました。当初は、蝋管式蓄音機のようにシリンダーに画像を記録する方式を試みましたが、画像の小ささや焦点の問題から、より実用的なストリップ式へと移行します。エジソンの助手であったウィリアム・K・L・ディクソンが中心となり、実験を重ねながら開発が進められました。

初期のシリンダー式装置

1888年、エジソンは写真家エドワード・マイブリッジとの出会いから、映像と音声を同期させるアイデアを得ました。初期のアイデアでは、シリンダーに螺旋状に写真を配置し、回転するシリンダーを通して映像を見るというものでしたが、画像のサイズや焦点の問題があり、この方式はすぐに放棄されました。

ストリップ式装置への変更

その後、エジソンは、エティエンヌ＝ジュール・マレーが開発したクロノフォトグラフィーの技術からヒントを得て、フィルムをストリップ状に巻き取る方式を採用しました。この方式は、フィルムにパーフォレーションを付けて、それを歯車と噛み合わせることで安定した動きを実現しました。1889年にイーストマン社が発売したセルロイド製フィルムが使用され、この開発は、後の映画フィルムの標準となる35ミリフィルムの基礎を築きました。

実用化に向けた改良

1890年代に入ると、キネトスコープは新聞や雑誌で紹介され、注目を集めるようになりました。1891年には、ディクソンと助手たちは、ストリップ式によるキネトグラフ（撮影機）を開発し、ボクシングや体操選手などを撮影した短いフィルムを作成しました。この頃に開発された間欠的なフィルム送り技術は、現代の映画用カメラにも受け継がれています。

1892年には、フィルムの送り方式が縦送り式に改良され、両端にパーフォレーションをつけた35ミリフィルムが採用されました。これにより、現在の映画の標準的なフォーマットが確立されました。キネトスコープ自体も、コインを入れると動く試作機が作られ、耐久テストを経て、商品化に向けて準備が進められました。

キネトスコープの特許

1891年8月、エジソンはキネトスコープとキネトグラフに関する特許を申請しました。特許はそれぞれ交付されましたが、その過程で、高速で写真を撮影する際に間欠的な動作を確実にするためのメカニズムである「ストップ機構」が重要な役割を果たしました。

映画撮影と公開

ブラック・マリアでの撮影

1892年12月、エジソンは研究所内に「ブラック・マリア」と呼ばれる映画スタジオを建設しました。これは世界初の映画撮影専用スタジオで、建物が回転することで、太陽光を最大限に取り込むことができる構造になっていました。1893年4月までに、このスタジオで最初の商業用映画『鍛冶屋の場面』が撮影されました。

キネトスコープの一般公開

1893年5月、キネトスコープの最初の公式実演がブルックリン芸術科学協会で行われ、『鍛冶屋の場面』が上映されました。1894年4月には、ニューヨークに最初のキネトスコープ・パーラーが開店し、一般の人々が有料で映像を見ることができるようになりました。

エジソンは、キネトスコープとフィルムの販売を市場化するため、アメリカとカナダでの独占販売権をキネトスコープ社に与え、1895年2月までにキネトスコープとフィルムの販売で大きな利益を上げました。

キネトスコープ映画の内容

キネトスコープ映画は、当初はアクロバットやダンスなどの見世物的なものが多く撮影されました。また、酒場や火事現場を再現した作品や、ブロードウェイのミュージカルを撮影した作品も存在しました。1894年の夏から秋にかけて、エジソン社は多くの有名な芸人やダンサーをブラック・マリアに招き、撮影を行いました。

レイサム兄弟は、ボクシング映画をキネトスコープで上映するために、150フィートのフィルムが入る大容量のキネトスコープを製造しました。1894年8月には、ボクシング映画専門のキネトスコープ・パーラーを開店し、人気を集めました。

ヨーロッパでの展開と模造品

1894年、ヨーロッパでもキネトスコープの販売が開始されました。しかし、エジソンが国際特許を申請しなかったため、多くの模造品が作られました。ロバート・W・ポールやシャルル・パテなどの発明家がキネトスコープの模造品を製造し、独自の映画作品を制作しました。

キネトスコープの衰退と映写機の登場

1895年初め、キネトスコープの売り上げが落ち始めました。その一方で、フィルムをスクリーンに投影する映写機の開発が進み、キネトスコープは次第に時代遅れになっていきました。

ヴァイタスコープの導入

1896年、エジソンは、それまで開発を渋っていた映写機の開発に踏み切ります。ラフとガモンを通じて、トーマス・アーマットが開発したファントスコープの特許権を購入し、「ヴァイタスコープ」と改名して映写機を導入しました。しかし、ヴァイタスコープもすぐに安価な競合製品に押され、商業的には失敗しました。その後、エジソンは自身の映写機を開発しますが、キネトスコープが中心の時代は終焉を迎えました。

日本でのキネトスコープ公開

1896年、キネトスコープは日本にも輸入され、神戸で初めて一般公開されました。当初は「ニーテスコップ（電気作用写真活動機械）」と呼ばれ、日替わりで複数の作品が上映されました。大阪や東京でも興行が行われましたが、次第に映画の時代は映写機へと移り変わりました。

キネトフォン：映像と音声の同期の試み

キネトフォンは、キネトスコープとフォノグラフを組み合わせた装置で、映像と音声を同期させることを目指したものでした。1895年にエジソン社が発売しましたが、技術的な問題から同期は不正確で、映像と音楽を緩やかに合わせる程度のものにとどまりました。

1913年には、映写式に改良したキネトフォンが登場しましたが、映像と音声の同期が難しく、また上映作品も短く平凡であったため、商業的な成功には至りませんでした。

日本でも、1913年にキネトフォンの権利を購入した会社によって、興行が行われ、松井須磨子が出演した『カチューシャの唄』が話題になりましたが、技術的な問題や人気の低下により、1917年には会社が倒産しました。

キネトスコープは、その後の映画の発展にとって重要な役割を果たした初期の映像装置であり、その開発過程は、映像技術の進歩と映画産業の発展を物語る上で欠かせないものです。

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