旧制歯科医学専門学校

旧制歯科医学専門学校（きゅうせいしかいがくせんもんがっこう）とは、かつての日本の教育制度、すなわち旧学制のもとで歯科医師の養成を目的として設立された高等教育機関を指します。第二次世界大戦終結までの期間、日本の歯科医学教育は主にこれらの専門学校を中心に行われていました。

教育内容と制度

昭和21年（1946年）以前、日本の歯科医師養成は、現在の大学歯学部のような形ではなく、専門学校という位置づけの教育機関がその中心的な役割を担っていました。これらの学校は、専門学校令に基づいて設立・運営されており、大学とは異なる体系に属していましたが、実質的には今日の大学医学部や歯学部に相当する高度な専門教育を提供していました。

修業年限は、一般的に4年間または5年間と定められていました。この教育期間は、大きく分けて二段階の課程で構成されていました。最初の2年間は、歯科医学の基礎となる医歯学に関する幅広い知識や技術を修得するための基礎課程にあてられました。これには、解剖学、生理学、生化学、薬理学などの医学一般の基礎科目や、歯学の基礎となる科目が含まれていました。続く2年間または3年間は、実際の臨床現場で必要とされる専門的な知識や技能を習得するための臨床課程にあてられました。ここでは、保存修復学、補綴学、口腔外科学、矯正歯科学などの歯科各分野の専門科目や、臨床実習が行われ、学生は将来歯科医師として活躍するために必要な実践的な能力を養いました。

卒業生には、その出身校名を冠した独自の称号が授与されました。例えば、東京歯科医学専門学校の卒業生は「東京歯科医学士」、大阪歯科医学専門学校の卒業生は「大阪歯科医学士」といった具体的な名称で呼ばれました。これは、各専門学校が独自の教育水準を保持していることを示すものでした。ただし、官立の東京高等歯科医学校だけは例外で、卒業生には「歯科得業士」という称号が付与されていました。

設立された学校

旧制歯科医学専門学校には、官立（国立）の学校はわずか1校しかなく、そのほとんどが私立によって設立・運営されていたという特徴があります。これらの学校はすべて、専門学校令に基づいて正式に設立されたものです。

官立

唯一の官立学校は、東京高等歯科医学校です。

1928年に設立されました。現在の東京科学大学歯学部の前身にあたります。
後に医学科も併設され、名称が東京医学歯学専門学校と改められました。これは、歯科医学教育だけでなく、医学教育も行う総合的な専門学校へと発展したことを示しています。

私立

私立の旧制歯科医学専門学校は複数存在し、日本の近代歯科医学教育を支えました。主な学校は以下の通りです。

東京歯科医学専門学校：1907年設立。現在の東京歯科大学にあたります。日本で最も歴史のある歯科専門学校の一つです。
日本歯科医学専門学校：東京歯科医学専門学校と同じく1907年に設立されました。現在の日本歯科大学の前身です。こちらも日本の歯科医学教育の草分け的存在です。
東洋歯科医学専門学校：1916年設立。現在の日本大学歯学部へと繋がる学校です。設立当初は東洋歯科医学校という名称でしたが、1920年に専門学校令に基づく東洋歯科医学専門学校へと昇格しました。さらに1921年には日本大学と合併し、日本大学専門部歯科としてその歴史を刻みました。
大阪歯科医学専門学校：1917年設立。現在の大阪歯科大学にあたります。関西地方における主要な歯科医師養成機関でした。
九州歯科医学専門学校：1921年設立。現在の九州歯科大学の前身です。設立当初は私立でしたが、後に福岡県に移管され、医学科を併設して福岡県立医学歯学専門学校となりました。地方における歯科医学教育の拠点としての役割を果たしました。
東洋女子歯科医学専門学校：1921年設立。現在の東洋学園大学の一部施設としてその歴史を伝えています。設立当初は1917年の明華女子歯科医学講習所が母体となり、1921年に明華女子歯科医学専門学校として昇格しました。その後、1926年に東洋女子歯科医学専門学校と改称されました。戦後には残念ながら廃校となりましたが、その設備や資産は東洋女子短期大学（後に東洋学園大学）に継承されました。
東京女子歯科医学専門学校：1922年設立。現在の神奈川歯科大学へと繋がります。1934年には日本女子歯科医学専門学校と名称を変更しました。この学校も戦後廃校となりましたが、その後、日本女子歯科厚生学校を経て、神奈川歯科大学として再興され、女子歯科医師の育成に貢献しました。

戦後の高等教育改革

第二次世界大戦後、日本の高等教育制度は連合国軍最高司令官総司令部（GHQ）の主導により大幅な改革が行われました。この改革の一環として、歯科医学教育もそれまでの専門学校中心の体制から、大学に一本化されることになりました。

この方針に基づき、GHQは各旧制歯科医学専門学校に対して詳細な調査と評価を実施しました。学校の教育内容、施設、教員体制などが厳格に審査され、その質によってA級とB級の二段階に判定されました。

A級と判定された専門学校は、その教育水準が大学レベルに達していると認められ、新制大学の歯学部として昇格することが許可されました。これにより、多くの旧制歯科医学専門学校が現在の歯科大学や大学歯学部へと発展しました。

一方、B級と判定された専門学校は、残念ながら大学への昇格が認められず、廃校の措置が取られました。これは、当時の医学専門学校においても同様に行われた措置であり、戦後の混乱期における高等教育機関の再編と質向上を目指したものでした。

旧制歯科医学専門学校は、日本の近代歯科医学が発展する上で極めて重要な役割を果たしました。限られたリソースの中で質の高い教育を提供し、多くの歯科医師を世に送り出すことで、国民の口腔衛生向上に大きく貢献したのです。

旧制歯科医学専門学校