春記

平安時代の公卿・藤原資房の日記『春記』

『春記』（しゅんき）は、平安時代中期に活躍した公卿・藤原資房（ふじわらのすけふさ）によって記された日記です。この日記は、別名として『野房記』（やぼうき）または『次戸記』（じこき）とも呼ばれています。

名称の由来

『春記』という名称は、資房が春宮権大夫（とうぐうごんだいふ）という役職を兼任していたことに由来します。春宮とは皇太子のことで、春宮権大夫は皇太子の家政機関である春宮坊の次官にあたります。

『野房記』という名称は、資房が小野宮流（おののみやりゅう）という藤原氏の一族に属していたことに由来します。小野宮流は、藤原冬嗣（ふゆつぐ）を祖とする一族で、資房はその子孫にあたります。

『次戸記』という名称は、資房の名前「資房」の「資」の字を分解すると「次」と「戸」になることに由来します。これは、日記の別名として、著者自身にちなんだ一種の洒落た表現が用いられたものと考えられます。

現存する写本と内容

現存する『春記』の写本は、万寿3年（1026年）から天喜2年（1054年）までのものが断続的に残っています。しかし、これらは完全な形ではなく、一部が欠落したり、内容が前後している部分もあります。また、写本以外にも、逸文として他の文献に引用された形で残っている部分も多数存在します。

特に、資房が後朱雀天皇（ごすざくてんのう）のもとで蔵人頭（くろうどのとう）を務めていた長暦2年（1038年）から長久2年（1041年）にかけての記述は比較的まとまって残っており、この時期の政治や社会情勢を知る上で非常に重要な史料とされています。蔵人頭とは、天皇の側近として文書の管理や伝達、儀式などを担当する役職で、天皇の日常生活に密接に関わっていたため、当時の宮廷の様子を詳細に知ることができます。

史料としての価値

『春記』は、平安時代中期の貴族社会や宮廷生活の様子を知る上で、第一級の史料とされています。日記には、当時の政治や社会情勢、宮廷儀式、貴族の日常生活など、多岐にわたる情報が記録されています。特に、資房が蔵人頭として天皇に近侍していた時期の記述は、当時の政治権力の中心であった宮廷内部の動向を把握する上で貴重な情報源となります。

また、『春記』には、当時の貴族たちの価値観や思想、人間関係なども垣間見ることができ、平安時代の文化や社会を理解するための手がかりとなります。

研究状況

『春記』は、歴史学や国文学の研究者によって古くから注目されてきました。写本の研究や校訂、注釈などが進められており、近年では、データベース化による研究も進んでいます。国際日本文化研究センターが公開している「摂関期古記録データベース」では、『春記』の読み下し文が公開されており、研究に活用されています。

参考文献

倉本, 一宏『平安時代の男の日記』株式会社KADOKAWA〈角川選書〉、2024年7月31日。ISBN 978-4-04-703728-1。

関連文献

増補史料大成刊行会編『増補史料大成 7』臨川書店、1965年。
赤木志津子「藤原資房とその時代」（『日本歴史』116・117号、1958年）。
加納重文「藤原資房―『春記管見』―」（『古代文化』28巻3・4号、1976年）。
河北騰「藤原資房と『春記』小考」（『独協大学教養諸学研究』21号、1986年）。
近藤好和「春記」（『古記録と日記』上巻、思文閣出版、1993年）。
角田文衛「藤原資房の『春記』」（『王朝文化の諸相』、法藏館、1984年）。
木本好信・大島幸雄「藤原資房『春記』人名索引」（『京都産業大学日本文化研究所紀要』9号、2004年）。
木本好信「『春記』総索引稿-地名・官位・典籍名・年月日・寺社名編-」（『史聚』20号、1985年）。

関連項目

* 藤原資房

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