昭和天皇独白録

『昭和天皇独白録』は、昭和天皇が1946年、側近に対して語った戦前・戦中の出来事を記録したものです。この記録は、昭和史を理解する上で非常に重要な資料とされています。当初は『文藝春秋』1990年12月号で公開されました。

作成・発見の経緯

この記録は、外務省出身で当時宮内省御用掛だった寺崎英成によって作成されました。寺崎は昭和天皇の通訳を務めており、記録の作成経緯について、以下のように述べています。

木下道雄の『側近日誌』によれば、1945年12月、梨本宮守正王が戦犯容疑で逮捕されたことをきっかけに、昭和天皇の指示で記録作成が始まりました。木下と松平康昌が中心となり、天皇の記憶、内大臣日記、侍従職記録を参考に作成が進められました。一時中断されたものの、翌年2月、戦犯裁判との関連で手記が必要ではないかとの天皇からの問いかけで作業が再開されました。

稲田周一による正文が存在したと考えられていますが、これは発見されていません。木下の『側近日誌』には、独白録の一部が「木下メモ」として収録されており、独白録冒頭の「大東亜戦争の遠因」に対応していますが、独白録よりも詳細な内容です。寺崎版では、木下メモが口語に変換され、一部が省略されています。

寺崎は病のため1948年に職を離れ、その後、家族と共にアメリカに帰国しました。寺崎の死後、遺品の中から独白録が発見され、寺崎の弟によって保管されていました。その後、寺崎の娘が記録を整理する過程で、南カリフォルニア大学の教授に鑑定を依頼。東京大学教授の伊藤隆に転送され、「歴史的資料として稀有なもの」と評価されました。この評価を受け、寺崎家は独白録を公表することを決意しました。

1990年11月7日、新聞各紙で独白録の存在が初めて報道され、『文藝春秋』12月号で全文が掲載されました。その反響は大きく、100万部を超える発行部数となりました。

刊行その後

1991年3月には、寺崎の日記と娘マリコの回想を加えた『昭和天皇独白録・寺崎英成御用掛日記』が刊行されました。1995年には寺崎日記を省いた『昭和天皇独白録』が文春文庫から再刊されています。

2017年12月には、直筆原本とされるものが競売にかけられ、美容外科医の高須克弥氏が落札しました。高須氏は、この原本を皇室に提供したいと述べました。宮内庁は2018年2月に原本を預かり、寺崎の直筆であること、および活字本とほぼ同じ内容であることを確認しました。同年5月、宮内庁は高須氏からの寄贈を受け入れ、公式サイトでの公開を予定しています。

内容

独白録は、寺崎用箋という特注の便箋170枚からなり、一部は筆で書かれていますが、大部分は鉛筆書きです。表題はなく、原稿は二つに分かれており、紐で綴じられています。第一巻は「大東亜戦争の遠因」から「開戦の決定」まで、第二巻は「宣戦の詔書」から「8月14日の御前会議」までを扱っています。昭和天皇は、陸海軍の軍人や政治家に対する率直な意見を述べており、東條英機や嶋田繁太郎を高く評価する一方で、松岡洋右や近衛文麿などを厳しく批判しています。また、弟宮との関係についても触れられています。

しかし、『木戸幸一日記』や『西園寺公と政局』などの資料と比較すると、史料的価値は低いとも評されており、昭和史の理解を根本から覆すような新しい事実の提示は期待できないとされています。

英語版の発見

1991年1月号の『文藝春秋』では、独白録の評価をめぐり座談会が行われました。伊藤隆と児島襄は、記録が政治的な背景を持たない内輪話であるとしましたが、秦郁彦は、東京裁判で天皇が戦犯として訴追される可能性を懸念し、GHQに提出することを意図した「弁明書」であり、英語版が存在するはずだと主張しました。

1997年、NHKの取材過程で、GHQのボナー・フェラーズ准将の文書から英語版が発見されました。これにより、独白録の作成目的が、秦の主張するように東京裁判対策であったことが確実視されるようになりました。英語版は、日本語版をそのまま翻訳したものではなく、稲田周一による「速記録」を底本として作成され、東京裁判開廷前にフェラーズらに手渡された可能性が指摘されています。

『昭和天皇独白録』は、昭和天皇の肉声が記録された貴重な資料として、歴史研究に大きな影響を与え続けています。

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