昭和郷アパート放火事件

「昭和郷アパート放火事件」は、1957年（昭和32年）10月27日に東京都昭島市で発生した、火災保険金の詐取を目的とした計画的な放火による大惨事です。この事件は、発生当時の社会状況や、その後の司法判断において特異な事例として記憶されています。

事件現場となったアパートの背景

事件現場となった「昭和郷アパート」は、かつて外地からの引揚げ者を受け入れるために使用されていた寮でした。もともとは立川飛行場に隣接する立川陸軍航空廠の労働者向け宿舎として建設されましたが、終戦後、東京都が引揚げ者のための住居として転用していました。「昭和郷」という名称は、建設当時の地名が北多摩郡昭和町（1954年に周辺自治体と合併して消滅）であったことに由来します。事件発生時までには、引揚げ者だけでなく、地方から上京してきた人々の家族なども入居しており、多様な住民が暮らす集合住宅となっていました。建物自体は築年数が経過し、老朽化が進んだ木造構造でした。

火災発生と被害状況

1957年 10月27日の午前2時頃、昭和郷アパートの西9番館、その1階東側の物置から突如として火の手が上がりました。建物が古く、木造であったため、火の勢いは凄まじく、あっという間に延焼しました。結果として、アパート3棟、合わせて178平方メートルが全焼しました。

火災発生が深夜であったため、多くの住民は就寝中であり、逃げ遅れる事態が発生しました。この火災により、女性や子供を含む8名が犠牲となり、さらに6名が重軽傷を負うという痛ましい結果となりました。また、火災により住居を失った世帯は34に及び、合計134名の住民が被災しました。

困難な捜査と犯人の特定

火災が発生した場所が火の気のない物置であったことから、早い段階で放火の疑いが濃厚となりました。しかし、火災によって証拠の大部分が焼失してしまい、捜査は極めて難航しました。

捜査当局は、約半年前の同年4月7日にも、このアパートの同じ階で放火未遂事件が発生していた事実に着目しました。この未遂事件の際に残されていた遺留品を改めて詳しく捜査した結果、驚くべきことに、今回の火災の被災者の一人であった男性A（当時39歳）が容疑者として浮上しました。

さらに捜査を進めるうちに、Aが火災発生の直前である10月に40万円、そして半年前の放火未遂事件の頃にも60万円という、当時の価値としては非常に高額な火災保険に加入していたことが明らかになりました。これらの状況証拠や、その他の捜査によって得られた証拠を積み重ねた結果、Aは火災保険金の詐取を目論んだ放火犯であると断定されました。そして、1958年（昭和33年）3月8日、警視庁昭島警察署によって逮捕されました。

裁判の経過と特異な判決

逮捕されたAは、火災保険金を得る目的で建物を燃やした現住建造物等放火罪と、保険金を騙し取ろうとした詐欺罪の容疑で起訴されました。検察側は、現住建造物等放火罪の最高刑である死刑を求刑しました。

裁判は進み、1959年（昭和34年）7月6日に東京地方裁判所八王子支部で一審判決が言い渡されました。一審では、Aに対して無期懲役の判決が下されました。しかし、この判決に対し検察側が控訴。

控訴審は東京高等裁判所で行われ、1960年（昭和35年）10月26日、高裁は一審判決を破棄し、逆転で死刑判決を言い渡しました。この判決に対し、Aは最高裁判所に上告しましたが、1961年（昭和36年）7月31日、最高裁はAの上告を棄却し、これにより死刑判決が確定しました。

この昭和郷アパート放火事件は、戦後の日本の刑事裁判において、殺人罪や致死罪が適用されずに死刑が確定した極めて稀な、そして唯一の事例として特筆されます。動機は火災保険金の詐取であり、直接的な殺意や死亡の結果に対する故意が認定されたわけではありませんでしたが、放火という行為の危険性、特に多数の住民が居住する場所での行為がもたらした重大な結果（8名死亡）が重く見られ、死刑という結論に至ったと考えられます。確定した死刑は、その後の1970年（昭和45年）に執行されたとみられています。

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